ビビディ・バビディ・ブー 「ねえねえ、あっちのお店も見ていい?」 「ああ」 ボクはさっそく洋服屋さんに入って、小物のコーナーを見る。 どれもすごくかわいかったけど、値札を見るとやっぱり高いしデザインをもう少しシンプルにすれば自分でもなんとか作れるんじゃないかって気もする。 「なにかお探しですか?」 店員さんが声をかけてくるのを適当にかわしながら店内を見て回った。 クリスマス前の休日だから、女の子向けの洋服屋さんだけどカップルっぽい人たちもちらほらいる。 ……って、ボクたちも周りから見たらそう見えてるのかもしれないけど。 1人で変な想像して1人で照れてしまう。 「ご、ごめんね純くん。次は純くんの行きたいお店行こうよ」 なんだか恥ずかしくなって、居心地悪そうに待っててくれてた純くんと外に出た。 クリスマス直前のショッピング街は、どこを見てもサンタさんやトナカイの人形だとか、真っ赤な靴下なんかでデコレーションされている。 「一文字さんはなにか欲しいものあったか?」 「うーん……もうちょっと見てから決めたいな」 何軒か回っているのにまだ決められそうにない。 ボクは申し訳ない気持ちになったけど、純くんは嫌な顔も見せずに「わかった」と言ってくれた。 「あ、あの店入ってもいいか?」 「もちろん!」 今日は、お互いにクリスマスプレゼントを贈りあうつもりでショッピング街に来ていた。 イブは明日なんだけど、明日は伊集院さんの家のクリスマスパーティがある。 もちろんボクはそんなのに行くつもりはないんだけど、でも、純くんには気兼ねなく行ってきてほしい。 伊集院家のパーティはすごく立派な部屋で行われて、もちろん大きなツリーも豪華な食事もあって、この機会を逃したら一生出れないような規模だったって坂城くんとかが言っていた。 純くんは別にパーティに行きたいなんて言ってないんだけど、ボクだったら絶対行ってみたいし、去年みたいにボクに合わせてもらうのも気が引ける。 だから、純くんには明日はバイトだって伝えていた。 それでどうせなら本当に大衆食堂のお手伝いしようかなっておじさんに言ってみたけど、クリスマスイブにそんなに混むわけないからって断られてしまった。 なので明日はまた大掃除でもしようかなって思ってる。 夜は四天王のみんなも来るみたいなこと言ってたしこっちはこっちでそれなりに楽しく過ごせるはずだ。 「……明日、本当に俺が迎えに行かなくていいのか?」 ちょうど明日の事を考えてたもんだから、顔が引きつりそうになる。 たしかに、ここのところバイト帰りには純くんが迎えに来てくれてたから心配するのは当たり前だ。 「うん、大丈夫大丈夫! 言ったでしょ、夜は四天王たちがパーティするから、それでみんなが迎えに来るって!」 自然に言えるように何回もシミュレーションした言い訳だけど、やっぱり喋ってみるとなんだかぎこちなくなる。 純くんごめんね。 心の中で謝りながら、他の話題を一生懸命探す。 「そ、そういえば、純くんはこういうのが欲しい、とかある? ほら、リクエストがあるんなら置いてそうなお店を中心に攻めた方がいいと思うんだ、ボク」 質問すると、純くんはしばらく悩んだ顔をしてから呟いた。 「……プレゼントで、って考えるとなかなか難しいよな」 たしかにそうだ。ボクは話題がそれたことにほっとしながら勢い良くうなずいた。 欲しいものって言われたら、新しい服だって欲しいし、家で使ってるフライパンもテフロンがボロボロだからそろそろ買い替えたいし、さっきのお店で見たいい香りのする石鹸も素敵だなって思う。 でも、純くんにもらうって考えたらもうちょっとロマンチックで長持ちするものが欲しい。 それに加えて高すぎないものってのも重要だ。 ボクたちまだ高校生だし、お互いにプレゼントするんだから片方だけが張り切って高いものを買うわけにはいかないから。 大人のカップルだったら指輪とか買うのかな。ボクは家事とかバイトとかあるからつけてられないだろうけど。 「まだ時間はあるし、ゆっくり見て回ろうぜ」 純くんは自分に言い聞かせるように言った。 結局、昨日は一日中見て回ったけどプレゼントが決められなくて、また今度会った時までに選んでおいてプレゼントしようって事になった。 年内はお互い予定が合いそうにないから、年明けかな。 初詣には一緒に行けるだろうし、それまでには選んでおきたい。 昨日の純くんは特に何を欲しそうにしてたかな。 大学で使えそうな鞄とか見てたけど、まだ受かってないのにプレゼントするのも変かもしれない。 手作りのものをプレゼントされるとうれしいってちょっと前に言ってたから、今からでもなにか作ってプレゼントしようか。 でも、お正月までに間に合うかな。 いろいろ考えながらボクは部屋の片づけをする。この機会だからいらないものは全部処分しちゃいたい。 お兄ちゃんはどこかに出かけてるし、他のみんなも夕方に来ることになってるから今は家にボク一人だけだ。 バイトがあるってことにしてるから変に出かけるわけにはいかなくて、夕ご飯の食材も食後のケーキも、舞佳さんに頼んで買ってきてもらう事になっている。 ケーキは舞佳さんの好みで選んでもらうことになってるから楽しみだ。 BGM替わりにつけてるテレビからは、クリスマスソングと人々が明るい表情で過ごしてる映像が流れてくる。 でも、ボクだって昨日は一足早くクリスマスの雰囲気を味わった。 プレゼントは買えなかったけど、喫茶店でケーキも食べたし。 だからそれでよかったはずなのに、純くんが1人でクリスマスパーティに行く所を想像して、いまさら胸がもやもやしている。 今日まで全然気づいてなかったんだけど、もしかしたら他の女の子と話したりとか、するかもしれないし。 会場には坂城くんとかがいるから男の子たちで話すんじゃないかってなんとなく気楽に構えてたけど、きっと坂城くんは女の子とばかり話すんだろうし。 インターハイで優勝してから人気が出ているっていう坂城くんの言葉も思い出してしまう。 乱暴な手つきでごみを捨てていると、インターホンの音がした。 「おじゃましまーす」 玄関を開けると、ケーキ屋さんの箱と近くのスーパーの袋を抱えた舞佳さんが入ってきた。 まだ夕方には早い時間だったからボクはちょっとびっくりする。 「あれ、どうしたんですか?」 「ちょっと暇でね~」 そう言いながら舞佳さんはまっすぐ台所に行って買ってきたものを次々に冷蔵庫に入れている。 ボクもゴミ袋が出しっぱなしだったから、とりあえずきりのいい所までやっちゃうことにした。 「茜ちゃん、大掃除してたの?」 冷蔵庫にものをしまい終えると、舞佳さんは座ってるボクの全身を値踏みするみたいに眺めた。 変な格好はしていないはずだけどなんだか緊張する。 「そ、そうですけど……」 「ねえ、茜ちゃん。ちょっと寒くない? お風呂に入ってあったまった方がいいんじゃない? おとめ座のラッキーグッズはお風呂って、さっき言ってたわよん」 「え? でも……」 「それを分別したら終わりでしょ? あたしがやっとくから、さ、入って入って」 自分ではそんなに汚れてないつもりなんだけど、舞佳さんから見たら違うんだろうか。 話の流れがつかめずにぽかんとしていると、無理やりお風呂場に押し込まれる。 脱衣所の鏡で全身を点検してみるけど、やっぱり特に変なとこはない。 でも、舞佳さんのあの様子だと、ちゃんとお風呂に入らない限りまた連れ戻されそうだ。 ボクは首をかしげながら蛇口をひねった。 無理やり入るように言われたときは戸惑ったけど、昼間からゆっくりお湯につかるとなんだか贅沢な気分になってリラックスできた。 乾かした髪の毛を適当にまとめて居間に戻ると、舞佳さんが立ち上がってボクに近づいてきた。 なんだか企んでるみたいな笑顔だ。 「ねえ茜ちゃん、ちょっとお人形遊びしない?」 「え、お人形ですか?」 お風呂の次はお人形遊び。 子供のころならともかく、今はそういうおもちゃは全部親戚や近所の子に譲ってしまったからまったく持ってないし、それは舞佳さんも知っているはずだ。 どういうつもりなんだろうと思っていると、舞佳さんはボクを座卓の前に座らせて、鞄から大きめの鏡を出してボクが写るように置いた。 「ちょっと失礼するわねん」 一言宣言してから、舞佳さんはボクの髪の毛をほどいてブラシでとかす。 お人形遊びって、ボクの髪の毛をいじるってことだったんだろうか。 意図がよくわからなくて舞佳さんの動きを見守るしかない。 「やっぱり茜ちゃん、髪の毛伸びたわねー」 楽しそうに言いながら、ボクの髪で三つ編みをしてみたり、お団子みたいなアップスタイルにしてみたり、楽しそうにいじっている。 「ま、舞佳さん……?」 人に髪の毛を触ってもらう心地よさと、何が起きるんだろうって言うドキドキ、両方をボクは味わう。 舞佳さんはしばらくそのままボクの髪で遊んでいたけど、玄関のチャイムが鳴るとすぐに立ち上がった。 「はーい!」 ボクの代わりに返事をしながら走っていく。追いかけるのも忘れて座ってると、ドアが開く音と誰かと話している気配がする。 そのまま話し声がこっちに近づいてくるんだけど、絶対お兄ちゃんとか四天王じゃない。 もっと落ち着いた女の人の声だ。 そして、舞佳さんの後について居間に入ってきた人の顔を見てボクは目を疑った。 「え、麻生先生!?」 舞佳さんと友達なのは知ってるけど、まさかボクの家に来るなんて思ってもみなかった。 授業は受けたことあるけど、ボクのクラスの担任じゃないし。 「一文字さん、お邪魔します」 礼儀正しく挨拶すると、麻生先生はボクの正面に腰を下ろした。 ハンドバッグの他に、洋服屋さんでもらえる大きな袋も肩に下げている。新しいものではないみたいだから買い物帰りってわけではなさそうだ。 「舞佳に頼まれたんだけど……その様子じゃ全然聞いてないみたいね」 「だって、サプライズにしたほうが感激もひとしおかと思ったのよねん」 そう言いながら舞佳さんは麻生先生の持ってきた袋の中身をどんどん取り出す。 「これって……」 床に並べられた色とりどりのパーティドレスにボクは目を丸くする。 もちろんお店が開けるみたいにたくさんってわけじゃないけど、10枚近くは出てきた。 「あらら、華澄、こんなに持ってたの?」 舞佳さんも驚いたように目を丸くしている。 「何言ってんの。これとこれは舞佳が置いてったものでしょ。今日、私のドレスと一緒に持って来いって言って。……こっちのは、別の友達から借りてきたのよ」 持ってこいとか、借りてきたってどういうことだろう。 ボクが混乱していると、舞佳さんが近くにあった紺色のドレスを手に取った。 「やっぱり茜ちゃんはスタイルもいいし、穂刈少年を悩殺するには胸ががばっとあいたやつがいいかしらねん。見てよこれ、これなんてスリットが入っててすごくセクシーじゃない?」 「生徒に変なこと言わないで。……一文字さん、ちょっと立ってくれる?」 口では舞佳さんをたしなめながらも、麻生先生も楽しそうに持ってきたドレスをボクの体に当てている。 本当に着せ替え人形になった気分だ。 「あ、あの……」 「ああ、ごめんなさい」 ボクが状況を全然呑み込めてないことを思い出して、麻生先生が謝る。 教壇に立っているときは忘れそうになるけど、やっぱり近くで見るとすごい美人だ。 「私も、舞佳からの又聞きだから正確なところはわからないけど……穂刈くんに頼まれたって言ってたわよね? 一文字さんにドレス貸してくれって」 「そうそう。伊集院家の子が主催のクリスマスパーティがあるらしいじゃない? それで、去年は茜ちゃんが参加できなかったから、今年こそはって思ったみたいよん」 そして、舞佳さんは紙袋からさらにアクセサリーや靴も取り出した。 これ全部、ボクのために用意してくれたって事なんだろうか。 「で、でもボク、純くんには今日バイトだって言ったのに」 「ごめんねー、あたしがばらしちゃった」 けろっとした顔で舞佳さんが舌を出す。 「最初は茜ちゃんとどうしてもパーティに行きたいから、どうにかして休ませたりできないか……って深刻な顔して言うのよ。代わりに自分がバイトに行けば、とかね。それじゃあ結局一緒にパーティ行けないのに穂刈少年もかわいいわよねん」 「それって……いつですか?」 「ん? 一週間くらい前かしらねん」 っていう事は、昨日の時点ではもうボクが嘘ついてたって知ってたんだ。どんな気持ちでボクと買い物しててくれてたんだろう。 ボクだって純くんにパーティ楽しんでほしかっただけなのに、なんだかすごく申し訳ない。 「で、華澄も穂刈少年の担任だし、ドレスとか貸してくれないかなーって思って私から頼んだのよ。でも、まさかこんなにたくさん調達してくれるなんて予想外だったわー」 「だって、やっぱり偉いじゃない。好きな子のために、舞佳なんかに頭を下げるなんて」 「舞佳なんてって……」 わざとらしく唇をとがらせてから、舞佳さんはけらけら笑った。 「ま、でもそうよねん。穂刈少年からしたら絶対すごくハードルは高かったみたい。だって、すごく声が震えてたもん」 その場にいたわけじゃないけど、ボクもその様子は簡単に想像できた。 ボクのために、わざわざ舞佳さんにお願いに行ってくれたんだ。嬉しくて目が熱くなってくる。 「それで、一文字さん、どのドレスにする? 好きなの選んで」 「あ、ありがとうございます……」 どうしよう。こんないろんなドレスから、ボクの好きなのを選んでいいなんて、夢みたい。 「茜ちゃん、これなんかはどう?」 「舞佳。ゆっくり選ばせてあげなさい」 鏡の前で、何回もドレスを体に当てる。 どれもすごくかわいくて、目移りしてしまう。 鏡越しに舞佳さんと麻生先生がこっちをにこにこしながら見守っているのがわかる。 「す、すみません、なかなか決められなくて……」 「いいのいいの、時間はたっぷりあるんだから」 さんざん迷った末に、どうにかドレスを選ぶことができた。 鮮やかな赤っぽいオレンジ色の、ふわっと広がった裾がすごくかわいいデザインだ。他のもとてもかわいかったんだけど、これが一番自分にしっくりくるような気がした。 「いいじゃない、よく似合ってるわ」 自分の部屋で着替えて戻ってくると、麻生先生がそう言って絶賛してくれた。ほっとする。 「それじゃ、次はお化粧ねん」 やけに鞄が大きいと思ったら、お化粧道具を一式持ってきてたみたいだ。 舞佳さんが中身を取り出しながらいたずらっぽく笑った。 舞佳さんにいろいろ塗られて髪の毛もセットしてもらい終わったころ、タイミングを見計らったかのようにインターホンが鳴った。 「穂刈くんみたいよ」 さっきからずっと外を眺めてると思ったら、麻生先生は純くんがいつ来るのかを待ってたみたいだ。 「ほ、本当ですか?」 疑ってるわけじゃないんだけど、こんな格好で出て全然知らない人だったらって思うと出るのをためらってしまう。 明かりもついてるから居留守使うわけにもいかないんだけど。 「おー、穂刈少年! 今茜ちゃん連れてくるから。すっごくかわいいから期待して待ってなさいね!」 いつの間に玄関に出たのか、舞佳さんの声がこっちまで聞こえてきた。 もしかしたらわざとボクに聞こえるように言ってるのかもしれないけど、すっごくかわいい、なんて実物を見る前に言われちゃうと気おくれしてしまう。 「ほら」 おろおろしていると麻生先生に背中を押されて、しょうがなく廊下に出る。ちょうど舞佳さんもこっちに向かって歩いてきてたところで、頑張れ、というように肩を叩かれた。 ああ、もう廊下の向こうに純くんの姿が見えてしまった。 「お、お待たせ」 「…………」 びっくりしたみたいな顔をした純くんに見つめられて恥ずかしくなる。 「あ、あの、今日の事……ごめんね、嘘ついて。ボク、純くんにパーティ楽しんでほしかったんだ。それで……」 なんだか何を言っても言い訳みたいだ。実際言い訳なのかな。 純くんは怒ってるわけじゃないと思うんだけど、黙ったままでずっとボクの事ばかり見てくるから居心地が悪くなる。 「ね、ねえねえ、このドレス、どうかな」 恥ずかしかったけど、純くんの前で一回転してみせる。 動いた拍子にドレスの裾が揺れて、ボクはやっぱりこれにしてよかったって思ったんだけど純くんは黙ったままだ。 「……変かな?」 麻生先生は似合うって言ってくれたけど、純くんの好みじゃなかったんだろうか。 「も、もうちょっと待っててくれるならまた着替えてくるけど……」 今ならまだ着替え直す時間があるはずだ。 そう思って提案したら、純くんは慌てたように口を開いた。 「い、いや……す、すごく似合ってて……」 見とれてた、って言われたような気がしたんだけど、気のせいかな。 ほとんど吐息みたいな感じで言われて、聞き返したかったんだけど真っ赤になっちゃった純くんにもう一度言ってもらうのは無理そうだ。 「そ、それより」 純くんは空気を変えようとするみたいに、無理やりボクに手に持っていた紙袋を押し付けた。 デパートのロゴが入っている。普段ボクたちみたいな高校生は行く機会が少ないお店だけど、わざわざ行ってきたんだろうか。 「どうしたの? これ」 「クリスマスの……プレゼント……」 ボクだってこんな日にきちんと包装された紙袋をもらったら、さすがにプレゼントだってわかる。 わかるんだけど、今こうやってもらえるなんて全然思ってなかったからどうしたらいいかわからない。 ここに来る前に買ってきてくれたんだろうか。 「で、でも、こんなに準備してもらったのに、これ以上プレゼントなんてもらえないよ」 ボクはそう言って返そうとしたけど、純くんは首を振った。 「……ドレスとかは借り物だろ。それに、それはただ……俺が一文字さんとクリスマスパーティに行きたかっただけなんだ。普段と違う格好の一文字さんと一緒に」 そこまで言って、純くんが気持ちを落ち着けようとするようにふーっと息を吐く。 「そ、そうなの? ボクとパーティ、行きたかった?」 「パーティもそうだし……ド、ドレスを着た一文字さんも見てみたかったんだ」 照れたようにうつむいて純くんが呟く。ボクの心臓も落ち着かなくどきどき言っている。 廊下の向こうでは舞佳さんが聞いてると思うし。 でも、ボクも確かに、純くんのパーティ用の服は見せてもらえるなら見たかったし、実際に白いスーツを着た純くんを目の前にすると普段の何倍もかっこいいって思ってる。 同じように純くんも思ってくれてるんだ。 「じゃ、じゃあ、もらってもいいかな……でも、ごめんね、まだボクは用意できてないんだ。お正月までにはちゃんと準備するからね」 受け取ることに決めると、急に中身が気になってきた。 持った感じではそんなに重たくはないけど、なんなんだろう。袋をちらちら見ていると、純くんが口を開いた。 「一文字さん。できれば、今開けてほしいんだけど、いいか?」 「? うん」 純くんに言われて包みを開けると、中身は夕焼けみたいなきれいな色をしたマフラーだった。 触ってみるとすごくふわふわで、きっと巻いてみたらすごく温かいんだろうなって思った。 「うわあ、ありがとう!」 「ドレスと似たような色になっちゃったけどな。で、でも、その色が一番似合うと思ったんだ……」 そう言われて、このドレスが一番気に入った理由が今わかった。 1年生の時のホワイトデーにもらったお花の色と似てるんだ。 そして、その時も純くんはきっとボクに一番似合う色を考えてくれたんだ。 「ありがとう……。さっそくつけてもいいかい?」 もちろん、という風に純くんがうなずいたので首に巻く。 包装紙を玄関に置いて出かけるわけにもいかないから急いで居間に戻ると、舞佳さんが顔を出して受け取ってくれた。 「代わりに捨てとくわね」 やっぱり、ボクたちの様子を見守っててくれたみたいだ。麻生先生も並んで居間の入り口に立っている。 「一文字さん、せっかくのクリスマス、楽しんできてね」 「ありがとうございます……」 「いいのいいの、こっちはこっちで華澄も交えてぱーっとやっちゃうから! 夕ご飯のことも気にしないでいいわよん」 それだったらお兄ちゃんも少しはおとなしくしてくれるだろう。さすがに麻生先生の前では暴れないだろうから。 「お待たせ」 「麻生先生も来てたのか……」 やりとりが聞こえてたみたいで、純くんは気まずそうな顔だ。純くんも舞佳さんが麻生先生に頼んでたのは知らなかったんだっけ。 「うん、舞佳さんと先生、友達同士だから舞佳さんが頼んでくれたんだ。このドレス、わざわざ先生が別の友達から借りてきてくれたんだって。あと、このネックレスと靴は先生のなんだ」 「そ、そうか……」 あ。ちょっと嬉しそうな顔になった。 純くんも本当にこのドレス気に入ってくれたんだってわかって、ボクも嬉しい。 「それじゃあ行こうか」 純くんに扉を抑えてもらって、家を出る。 本当にボク、クリスマスパーティに行けるんだ。 入口では服装のチェックがあるって聞いてたからちょっとドキドキしてたけど、さすがに舞佳さんと麻生先生が一通りやってくれたおかげで問題なく入ることができた。 「でも、やっぱり緊張しちゃったな、ボク。門番の人、目つきが鋭いんだもん」 「確かにな」 純くんも緊張してたみたいで、建物の中に入ってからほっとしたように息を吐いている。 コートやマフラーを係の人に預けて、ボクたちは客間に入る。 ふかふかの赤いじゅうたんに、ぱりっと白いテーブルクロスがかかった丸テーブル。 壁にかけられたよくわかんない絵とかその辺にある彫刻も、きっと高いんだろうな。 庶民丸出しだってわかってるけど、ついきょろきょろしてしまう。 「一文字さん、何か食うか?」 テーブルの上の料理も、チーズとトマトが乗ったカナッペだとか、小さいガラス皿に盛られたマリネだとか、すごくおしゃれで目移りしてしまう。 本では見たことあるけど、こんな料理実際に作ったことない。 さっそく純くんに取ってもらって、口に運ぶ。 「おいしい!」 さすが伊集院家の用意した食事なだけあって味も抜群だ。伊集院さんってこんなものを毎日食べてるんだ。 純くんもおなかがすいていたのか、ぱくぱく食べている。 「あ、ほっぺにソースついてるよ。ちょっといいかい?」 両手がふさがってる純くんの代わりに拭いてあげると、照れくさそうにお礼を言われた。 男の子にこんなこと言うのは変かもしれないけど、なんだかかわいい。 そんな感じでしばらくは食べたり飲んだりしていたんだけど、向こうの方に坂城くんがいるのに気付いた。 女の子と喋ってたみたいだけど、ボクの視線に気づいた様子で、わざわざ話を中断してこっちに来てくれた。 「やあ! 俺があげたパーティの入場チケット、役に立ってるみたいで嬉しいよ」 「そ、その節は助かった……」 坂城くんはからかう相手が見つかって楽しくてしょうがないって感じだ。 純くんは口ではお礼を言ってるけど、坂城くんの笑顔を警戒するみたいな顔で見ている。 「茜ちゃん、そのドレスすごく似合ってるよ。お化粧した姿もかわいいね」 「あ、ありがとう」 「…………」 自分が言うのにすごく苦労した言葉を坂城くんがあっさり口にするもんだから、純くんは複雑そうな顔をしている。 「あれ? 純、まさか茜ちゃんが化粧してるのに気付かなかったってことはないよな?」 「お、俺は……た、確かに、いつもより、かわいいなとは思ったけど……」 「へえー」 ただでさえ暖房の効いた部屋にいるのに、なんだか余計顔が熱くなってきた。たぶん純くんも同じだと思う。 「ね、ねえねえ、このクリスマスパーティって外に大きなツリーがあるんでしょ。見てみたいな、ボク」 「ああ、俺が案内するよ」 「匠もついてくるのか……」 坂城くんに案内されて、中庭に出る。 「うわあ……すごい……」 ボクはツリーを見上げて思わずつぶやく。 ツリー自体も信じられないくらい大きいし、電飾の光が色とりどりに点滅していて、遊園地のパレードみたい。 外の寒さも忘れてしまいそうなくらいきれいだ。 既に中庭には招待客がちらほらいたけど、他のみんなも感動したようにツリーを眺めたり、カメラで記念撮影したりしている。 「茜ちゃん、純。よかったら写真撮ってあげるよ。どうせカメラ持ってないだろ?」 まったく純は用意が悪いなあ、なんて言いながら坂城くんはポケットからカメラを取り出した。 「いいの?」 「うん。現像代は純に請求するから」 現像代は後でボクが払ってもいいから、純くんと2人で写真撮りたい。 こんな風におしゃれする機会なんてないから記念に残しておきたいし、一緒の写真って去年の修学旅行の時のくらいしか持っていないし。 「ねえねえ、純くん」 ボクが声をかけると、純くんがぎこちなくうなずいた。ぎしぎしって効果音が聞こえてきそうなくらい。 「じゃあ、そのあたりに立ってみて。……ちょっと暗いかな、もう少し右……そうそう」 坂城くんの指示に従って、ツリーを背にして並んで立つ。 「うーん……ちょっと入らないかもしれないから、純、もうちょっと茜ちゃんにくっつけよ。肩を抱くとかさ」 集合写真じゃないんだから、ボクと純くんとの2人くらいフレームに入らないってことはないはずだ。 でも、なんだかボクもこのパーティのうきうきした雰囲気に当てられちゃったみたいだ。 ボクは一歩純くんに近づいて、肩に触れるか触れないかくらいに頭を傾けた。 純くんは一瞬ものすごく震えて、背筋をすごく伸ばして硬直しているのが伝わってきた。 「うん、いいねー」 坂城くんが満足そうにうなずいて、シャッター音が数回響く。 「これくらい撮っとけばたぶん大丈夫だと思うよ。現像は年明けになると思うけど、ちゃんと持ってくから」 ボクが頭の角度を元に戻すと、純くんは体から力を抜いて息を吐いた。 「あ、ああ……すまん、匠」 「現像代よろしくな。……あー、寒い……」 そう言いながら坂城くんが会場に戻って行くのを見送る。 「一文字さんは寒くないか?」 「ううん、もうちょっとだけ見てていい?」 にぎやかな会場に戻るよりも、もうしばらくこうやってツリーを見ていたい。 でももちろんこんなドレスだし寒くないわけなんてなくて、鳥肌の立った二の腕をさすっていると純くんがそわそわしながらジャケットに手をかけた。 「き、着るか?」 「え!? う、うん……」 すっとんきょうな声を出してしまったけど、もちろん嫌なわけはない。 ボクが頷くと、純くんはそっとジャケットを肩にかけてくれた。まだ温かくてドキドキする。 「汚しちゃったらごめんね」 「大丈夫だろ」 「寒くなったら言ってね。すぐ戻るからさ」 「……き、鍛えてるから」 でも、声はちょっと寒さに震えてる感じに聞こえるんだけど本当に大丈夫なんだろうか。 風上に立っててくれてるみたいなのはたまたまなのかな。 ボクは純くんのジャケットの感触を確かめるみたいに前をぎゅっと合わせた。 「純くん、今日はいろいろありがとう」 「別に、俺だけの力じゃ……」 確かに、直接ドレスを用意してくれたのは舞佳さんたちだし、このパーティのチケットだって坂城くんからもらったものだ。でも、全部純くんがいなかったらどうにもできなかった。 純くんがいてくれてよかった。 「……来年も、一緒にクリスマスお祝いしたいな、ボク」 「ああ……」 声の感じから、純くんも同じようにこのクリスマスで幸せな気持ちになってるんだってわかった。 さすがに来年はもう卒業してるし、こういうパーティは無理でも、きっと純くんと一緒なら楽しく過ごせる。 ボクはもう一度ツリーを見上げた。 真っ暗な夜空を背景にして宝石みたいに光っている姿は、なんだかボクたちを応援してるみたいだった。 3年目冬。クリスマスイベント。 さすがにドレスは貰っても使い道ないよな……と思ったのでこういう形式に。 ところで、普段華澄さんとパーティ会場で会うことがないから忘れてたんですが、華澄さんもパーティ行くんですよね。 この話だと華澄さんはパーティに不参加ということに……ま、まあ、華澄さんは来年もあるから……。 2016/12/23更新 BACK...TOP |