鐘の伝説


 卒業式の日は気持ちいいくらい晴れていた。ボクは青空に向かって気合を入れてから家を出る。
 今日純くんと話さないと一生このままだ。
 だからゆっくり話す時間を取ろうと思って早めに家を出たのに、みんな考えることは同じなのか学校に着いてみると、すでにほとんどの生徒たちが来ていた。
 去年もおととしも卒業式はあったけど、やっぱり自分が卒業する側になると学校の雰囲気がまた違って感じる。
 さすがにまだ泣いてる人はいないみたいだけど、廊下のあちこちでは、卒業してもまた遊ぼうねとかしきりに言い合っている人たちを何人も見た。
 本当に卒業しちゃうんだ、ボク。
 この3年間楽しかったって言えるかどうかは、今日の純くんとの話し合いの結果にかかっている。
 だってボクは純くんとずっと一緒にいたから、高校の思い出っていうとほとんどが純くんとの思い出だった。
 まずは教室に鞄を置いて、お水でも飲もうかと思ってまた廊下に出る。
 知らず知らずのうちにこぶしを握りしめながら歩いてると、水飲み場の所に坂城くんがいるのを見かけた。
 後輩の女の子と話してたみたいだけど、ボクがお水を飲んでるうちに話し終わったみたいだった。
 ボクも後輩の子と入れ替わりに挨拶する。
「坂城くん、おはよう。卒業おめでとう」
「茜ちゃんも卒業おめでとう。……それより、純となにかあったみたいだけど大丈夫?」
 周りの人に聞かれないように配慮してくれて、後半は小声だった。やっぱり坂城くんもボクたちがぎくしゃくしてるって気付いてるんだ。
 詳しい内容は純くんも話してないみたいだけど。
「純は、卒業式終わったらゆっくり話すつもりでいるみたいだけど。なんだったら今呼んでくる? 茜ちゃんも早い方がいいんじゃない?」
「ううん、大丈夫。ボクもそのつもりで、今、木枯らし番長がゆっくり話せる場所を探してくれてるから」
 本当は純くんとのことは自力で全部なんとかするつもりだったんだけど、やっぱり不安だったから舞佳さんにちょっとだけ打ち明けてしまった。
 そしたら、すごく乗り気になって四天王も巻き込んで今日の計画を立ててくれた。
 あとはボクがちゃんと話をするだけだ。
「そっか」
 表情には出さなかったけど、坂城くんがほっとしたのがわかった。
 いつも純くんのことをからかってばかりだったけど、ちゃんと心配してくれてるんだ。
「ねえねえ……純くん、ボクのこと嫌いになったってことはないよね?」
「まさか」
 即答だった。
 ずるいかもしれないけど、直接純くんと話す前に聞けて安心した。
「なにがあったかは知らないけど、純はむしろ茜ちゃんを傷つけたんじゃないかって心配してるみたいだよ。……まあ、俺があまり言うよりも、その辺は2人でゆっくり話しなよ」
 坂城くんがボクの後ろの方に視線をやったので振り返ると、バイト番長がやって来るところだった。たぶん木枯らし番長が場所を見つけてくれたんだろう。
 ひびきの高校の中で、学ランにサングラスをかけた姿はものすごく目立っていて、みんなバイト番長の方ばかり見ている。
 バイト番長がまっすぐこっちにくるもんだから、ボクまで注目を浴びちゃってるけど、どっちにしてももう卒業だし平気だ。
「お迎えが来たみたいだね。こんにちは、バイト番長」
 坂城くんが、まるで昔からの友達みたいにバイト番長に片手をあげて挨拶する。
 お兄ちゃんと純くんが戦った時にちょっと話したくらいしか交流なかったと思うんだけど、やっぱりバイト番長が女の人だからだろうか。
「おう、坂城少年。卒業おめでとさん。……姐さん、準備が整いました。屋上があいているようですから、先に行っててください。あたしはすぐに穂刈少年を連れていきますから」
「う、うん……」
 うなずいたけど、屋上で純くんと向き合って話してるところを考えたらなんだか急に緊張してきた。
「や、やっぱり、10分くらい後にしてもらってもいい? もうちょっとだけ……」
 ボクがそう言うと、バイト番長のサングラスの向こうの瞳が優しく細められたのがわかった。
「了解しました。それじゃあ、もう少し後で行きます」
「茜ちゃん。頑張ってね」
 2人に見送られながら歩き出そうとして、振り返る。
「……3年間、いろいろありがとう、坂城くん」
 坂城くんは、一瞬目を丸くしてから笑顔になった。


「姐さん。お待ちしておりました」
 屋上のドアを開けると、木枯らし番長が出迎えてくれた。
 朝学校に来たときはちょっと肌寒いなって思ったはずなのに、今こうやって外に出てみると緊張しすぎで寒いんだか暑いんだかもよくわからない。
「木枯らし番長も、協力してくれてありがとう」
「いえ、姐さんの……姐さんと、手のかかる後輩のためですから」
 そう言って、木枯らし番長がさっさと屋上から出ていこうとする。
「もう行っちゃうの?」
「俺がいては邪魔になるでしょうし、まだやる事がありますから。……きっと大丈夫ですから、安心してください」
 今度こそ木枯らし番長が出て行って、屋上はボク一人だけになった。
 ボクはフェンスに近づいて、時計台を見た。中庭から見上げてる時はあまり思わなかったけど、屋上の高さから見るとこの鐘も大きいんだなって思った。
 バイト番長にはあと10分ってお願いしたけど、あとどれくらいで来ちゃうんだろう。
 もうしばらく来てほしくないような、いっそのこと早く来てもらってさっさと済ませたいような感じで、自分でも自分の気持ちがよくわからなかった。
 落ち着かない気持ちのままでその場を歩き回っていると、ようやく屋上のドアが開く音がした。
「姐さん、連れてきましたぜ」
 バイト番長の後ろから、こわばった表情の純くんが歩いてくる。目が合って、ボクの心臓も今まで以上にドキドキし始めた。
「あ、ありがとう、バイト番長……」
 だめだ。
 声も手もすごく震えてるのがわかる。深呼吸してもなかなか落ち着かない。
 ボクが一人でおろおろしていると、バイト番長が近づいてきて、そっとボクの肩に触れた。
「茜ちゃん、落ち着いて。ちゃんと話せばきっと大丈夫よ」
「バイト番長……」
 それでも不安な気持は消えなかったけど、結局は自分の口で話さないといけないってわかってる。
 どうにかうなずくと、バイト番長はボクを落ち着かせるように肩をぽんぽんと叩いてから、屋上を出て行った。
 これで、ボクたちは本当に二人きりだ。
 バイト番長はああ言ってくれたけど、何から話せばいいのか、考えてたはずなのに頭が真っ白で思い出せない。
 ボクが黙っていると、急に純くんが地面に膝をつき始めた。
「い、一文字さん。この前は本当にすまなかった……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ純くん、顔を上げてよ」
 まさか土下座されるなんて思ってなかったから違う意味で慌ててしまう。
 ボクも膝をついて純くんの顔をのぞきこもうとすると、ようやく純くんがこっちを見てくれた。
 上目づかいで見られて、なんだかドキッとする。
「……すまん」
「ねえねえ、立って話そうよ。膝、痛くなっちゃうよ」
 純くんを促して立ってもらう。
 驚いたせいか少しだけ緊張が解けた気がして、改めて純くんを見つめる。
 2週間くらいぶりに見た純くんは思いつめてやつれたみたいな顔をしている。ボクも似たようなもんだと思うけど。
「一文字さん。呼んでもらったのに申し訳ないが、俺から話してもいいか?」
「う、うん」
 何を言われるんだろう。
 純くんは少しだけためらうようにうつむいてから、まっすぐ顔を上げた。
「この前は……バレンタインの時はすまなかった。せっかくチョコを用意してくれたのになかなか受け取りにいけなかったりとか……む、無理やり、キスしたりとか」
「……無理やりキスしたと思ったから帰っちゃったの?」
 ボク自身は無理やりされたなんて思ってなかったんだけど、ちょっと意地悪な気持ちになってたからそれは言わなかった。
 チョコを渡すタイミングがなかったことよりも、置いて帰られちゃった事の方がショックだったし。
「そ、それもすまん……」
 そして、言葉を探すように純くんは宙に視線をさまよわせる。
「一文字さん、あの時、泣いてただろ」
「……そうだったかな。忘れちゃったよ、ボク」
 そのことはあんまり触れられたくない。
 人前で泣くなんて恥ずかしいし、それが純くんの前だったらなおさらだ。
 純くんはボクがしらばっくれたからちょっと面食らったみたいなんだけど、そのまま話を続けた。
「こういう事を言ったら、うぬぼれてるって思われるかもしれないが……泣いたのはきっと俺のせいだろ。もちろんそれは悪いと思ってるんだが、でも、正直言うと嬉しかった」
「嬉しかった?」
 ボクが泣いて嬉しいってどういうことだろう。そういう趣味でもあったんだろうか。
 純くんの顔をまじまじと見ると、気まずそうに目をそらされた。
「別に変な意味じゃないんだ。ただ……一文字さんっていつも笑顔で頑張ってるだろ。だから、俺がチョコを放課後まで受け取れなかったことを謝っても、笑顔で気にしてないって言われると思ってたんだ」
 すっかり純くんの中ではボクがチョコを渡せなかったから泣いたことにされてしまっている。
 確かにそれもあるけど、そんな事で泣くなんて思われたくなかったからボクは慌てた。
「な、泣いたのは単純に疲れてただけさ。長い時間バイトやるのも慣れてなかったし、そのうえ家事もあったし。その事は別に純くんのせいじゃないから、実際気にしてないよ、ボク」
「そうなのか?」
 純くんの口調は柔らかかったけど、まっすぐ聞かれてしまうと胸が詰まった。
 心の中では、あの時純くんが女の子を全部無視してチョコをもらいに来てくれたらよかったのにって思っている気持ちも確かにあった。
 でも、そんな行動をしてもらうのは現実的じゃない。
「だって、純くんが悪いわけじゃないじゃない。ただ……ボクが勝手にさびしく思ってただけさ」
「その、さびしく思ってたっていうのがわかって嬉しかったんだ」
 嬉しかったって言ってるわりに純くんの表情はさえない。
「でも、俺がもうちょっとしっかりしてたらさびしくなんてならなかったはずだろ。なのに喜ぶなんて自分勝手な話だ。お兄さんにだって、一文字さんを泣かせないって宣言したくせに、俺は結局実行できてない。挙句の果てには……」
 あの時のキスのことを思い出したのか、ちょっと純くんは頬を赤らめた。
「……だ、だから、一文字さんに合わせる顔がないと思ったんだ。逃げ回ってばかりいてすまなかった」
 もう一度純くんが頭を下げる。さすがに土下座ではないけどほぼ直角くらいに頭を下げられて、純くんの不器用さと、本当に申し訳ないと思ってるんだなっていうのが伝わってきた。
 ここしばらく感じていたもやもやしてた気持ちが薄れていくのがわかる。
「ボクこそごめんね。急に泣いたりして」
 そう言いながら、何か違うな、と思った。そもそも純くんはボクがさみしく思ったのがわかって嬉しかったって言っていた。
「一文字さん。俺は、今度こそ泣かせないよう気をつけるが……嫌なことや不安なことがあったらその都度教えてくれないか? 一文字さんが辛い事があった時は、俺も解決する手伝いがしたいんだ」
 不安な気持とか、辛い気持ちとか、言ってもいいのかな。
 だって、これまではあんまり言わないように気を付けてたのに。
 それでもこうやって純くんの真剣な目で見つめられると、少し口が軽くなってしまう気がする。
「……純くん。ボクね、確かにあの時さびしかったけど、別にチョコを渡せなかったからってだけじゃないんだ」
 たまたまタイミングが重なってしまったってだけで、ずっと前から進路が別れちゃうことに対してボクは不安な気持ちを抱えてた。
「ボクたち、卒業したら今までみたいに会えなくなるでしょ。だから心配だったんだ、これからもずっと仲良くできるかどうか」
「一文字さん、」
 純くんがなにか言おうとするのをさえぎる。
「ごめんね、このまま言わせて。……ボク、純くんの事が好きだよ。だから、ずっと……ずっと一緒にいたいんだ」
 ボクがそう言い終わると、感極まったように純くんがボクに抱き着いてきた。
 勢いが強くてちょっとよろめいてしまう。
「俺も、一文字さんが好きだ……!」
 そして、一拍遅れて時計台の鐘の音がした。


 純くんに強く抱きしめられながら、バイト番長に相談した時の事を思い出す。
 あの日、舞佳さんは遅くまでバイトだったはずなのに、終わってからわざわざうちに寄ってくれた。
「ごめんね茜ちゃん、こんな時間に。ちょっと散歩しない?」
 家事もぜんぶ終わってたし、ボクも久々に舞佳さんと話せるのは嬉しかったからすぐにコートを着て一緒に家を出た。
「いよいよ卒業なのねー、自分が卒業したのがずいぶん大昔に感じるわん」
 誰もいない住宅街に、舞佳さんのパンプスとボクのスニーカーの足音が静かに響く。
「茜ちゃん、最近元気ないけど、なにかあった?」
 優しい口調だった。たぶん最初からこの話をするために連れ出してくれたんだと思う。
 家で話したらお兄ちゃんがうるさいから。
 でも、変なことを言ったら純くんが悪者みたいに思われないだろうか。
 舞佳さんならお兄ちゃんに告げ口はしないと思うけど、なんだか陰口みたいになっちゃうんじゃないかと思ってそれも嫌だった。
「穂刈少年は、ここのところ元気?」
 答えられない。
 だってしばらく会ってないんだから、答えようがない。
 いろいろバイトしてて顔が広い舞佳さんだから、もしかしたら純くんの様子を知っててカマをかけてるのかもしれないし。
 ボクが黙っていると、舞佳さんはボクの頭を軽く撫でた。
「ケンカでもしちゃった?」
「そ、そういうわけじゃ、ないですけど……」
 舞佳さんがボクが話しやすいように考えてくれてるのはわかるんだけど、どう答えたらいいんだろう。
 それに、キスされたことは恥ずかしいから内緒にしておきたい。
「あたしの推理によると、バレンタインの日に何かあったんだと思うんだけど、どう?」
 きっと、舞佳さんはボクが本気で内緒にしたいことならそっとしておいてくれたんだと思う。
 こうやって話す機会を作ってくれるのは、ボクの話したいって本心を察してくれてるからだ。
「詳しいことは言えないんですけど……バレンタインに、ちょっと気まずくなっちゃって、それから全然会えてないんです」
「穂刈少年も会いに来ないの? あらら、それはひどいわねえ」
「そんなことないです! もしかしたらボクの事嫌いになっちゃったのかもしれないし」
 急に泣いちゃったりするから。
 そこまでは言えなかったんだけど、舞佳さんはボクを慰めるようにもう一度頭を撫でてくれた。
「ごめんごめん、あたしが悪かったわ。それで、茜ちゃんは穂刈少年と話したくって悩んでるってわけだ」
「だって……なにをどう話せばいいのかわかんなくて、ボク……」
「でも、そういうのって、悩んでても思い切って行動してみれば意外と喋れたりするものじゃない?」
 そうなのかな。そうだったらいいんだけど。
「ねえ、茜ちゃん。茜ちゃんがちゃんと穂刈少年と卒業前に話したいって言うなら、協力するけど、どうかしら? もちろん総番長には内緒で」
「……本当ですか?」
「当たり前じゃない。他の四天王には協力してもらいたいんだけど、話しても大丈夫?」
 お兄ちゃんに内緒にしてもらえるなら文句はない。ボクは何度もうなずいた。
「それじゃあ、もう少し散歩して計画を練りましょっか。まず、卒業式が始まる前に……」


 純くんは、鐘の音が響いている間、驚いた顔をしたまま固まっていた。
「伝説の鐘……壊れてるはずじゃ……」
 あ。やっぱり鐘の事、知ってたんだ。
 ボクは素直に感動している純くんに申し訳ない気持ちになって口を開く。
「ごめんね。あの鐘、舞佳さんが直してくれたの。ボクたちがうまくいったら鳴らしてくれるって」
 あの時計台の中では鐘を鳴らすために火の玉番長が朝から待機してて、舞佳さんも木枯らし番長も今頃は一緒に見守ってくれているはずだった。
 ちなみに筋肉番長は1人だけお兄ちゃんの監視役だ。仲間はずれみたいで申し訳ないけど、邪魔されたら困るから。
 本当は、舞佳さんの計画では、告白してうまく行ったらボクが純くんに抱き着いて、それが合図の代わりになるはずだった。
 まさか純くんの方から抱き着いてくるなんて予想外だったけど。
「バイト番長が?」
 ぽかんとした顔のままの純くんに聞き返される。
「うん。舞佳さんが高校生の時、あの鐘を壊しちゃったんだって。その時はそのまま卒業しちゃったんだけど、いい機会だからって今朝直してくれたんだ」
 説明しながら、やっぱりちょっとロマンがないなって思った。
 純くんには内緒にして、伝説が成就したんだってことにしといた方がよかったのかもしれない。
「……ごめんね、がっかりした?」
「いや……」
 純くんはボクの背中に回してる手に力を込めた。
 きっとまだみんなこっち見てるんだろうなって思ったけど、このままでいて欲しかったからそれは黙っておいた。
「この3年間、匠とか、神田さんとか、もちろんバイト番長とか……いろんな人に協力してもらったから……だから、あの鐘の音も、誰かに協力してもらったって方が俺たちらしい気がするな」
「そうだね」
 そう言ってもらえてすごく嬉しい。ボクも同じように思ってたから。
「一文字さん、これでもう不安はないか?」
「うん……まだちょっとさみしいかな。今までみたいには会えなくなるんだもん」
 それでも、純くんの肩のあたりに頭を押し付けるようにすると、なんだか安心する。
 すごく近くから純くんの声が聞こえるのとか、ちょっと体温が上がって、鼓動も早くなっているのがわかるのとか。
「一文字さん」
 呼ばれたので顔を上げると、純くんが顔を近づけてくるところだった。
 つられてうっかり目を閉じそうになったけど、ちゃんと思いとどまることができた。
「ま、待って、純くん!」
 慌てて純くんの顔を手で押さえた。これはさすがに言わないといけない。
「あ、あの……木枯らし番長たち、鐘を鳴らすために時計台でボクたちのこと見張ってて、たぶん、まだいると思うから……」
 さすがにみんなに見守られながらキスをするのは恥ずかしい。
 純くんは見られてるって可能性をまったく考えてなかったみたいで、これ以上ないってくらい真っ赤になってボクから離れた。
「ご、ごめんね、もっと早く言えばよかったね、ボク」
 ずっと純くんに抱きしめられててあったかかったから、急に肌寒く感じる。
「お、俺こそすまん……また、一文字さんの都合も考えずに無理やり……」
 そう言って純くんがうなだれたのを見て、ボクは急にいたずら心がわきあがるのを感じた。
「ねえねえ、もう卒業式始まっちゃってるかな。お兄ちゃんも来てると思うし、そろそろ行かなきゃ」
「あ、ああ……」
 戸惑ったようにうなずいて、純くんがドアに向かって歩き出す。ボクはその後をついていく。
 校舎に入って、階段を数歩下りればもう頃合いだろうか。少なくとも、時計台からは見えないはずだ。
「純くん」
「なんだ?」
 ボクの二段くらい先を歩いていた純くんはなんにも警戒してない様子で振り返る。
「あの時逃げられたのはショックだったけど……キスされたのは、全然嫌じゃなかったんだよ、ボク」
 そう言って、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔の純くんにキスをした。


 こうして、ボクたちは無事に卒業することができた。
 バイトと家事ばかりで大変だったけど、純くんのおかげで楽しい3年間だった。
 4月になると専門学校の授業が始まって、大衆食堂のバイトも続けてるから忙しいのは変わりないけど、高校の時と違って興味のある内容だから頑張って通えている。
 純くんはというと、予想してた通り剣道に授業にまじめに頑張っているみたいだ。
 入学する前は大学で他の女の子と仲良くなってたらどうしようって心配してたんだけど、こまめに連絡してくれたり、今までみたいにバイト先にも来てくれたり、ボクを安心させてくれようとしている。
 それに、これは自慢なんだけど、この前純くんに「一文字さんはどんどんかわいくなってくるから、俺の方こそ不安だ」って恥ずかしそうに言われちゃったんだ。
 それは単に、ボクが純くんと会うときには気合入れておしゃれしてるだけだって教えたらさらに照れてたけど。
 でも、おかげでちょっと肩の力が抜けた気がする。
 どっちにしても、ボクたちにはみんなもついててくれるから大丈夫だ。
 ボクは、なにがあっても純くんと一緒に歩いて行ける。きっと、永遠に。


...END




 というわけで完結しました。
 途中10年くらい放置してしまって本当に申し訳ないです。

 純が一文字さん狙いの時にバイト番長が迎えに来るのを見て「あれ、もしかして純も主人公と同じようなイベントを経由して結ばれてるのでは?」って思ったのがこの話を書きはじめたきっかけでした。
 「茜ちゃん泣かせといてキスする純って……」とか書きながらいろいろ突っ込みたい所は自分でもあるんですが、まあどうにか終わらせることができてよかったです。
 これでときメモ2プレイ時に純が失恋してても「この話の中ではちゃんとくっついたし……!」って心の平穏を保てるのでw

 最後になりましたが、皆様この話を読んでくださってありがとうございました。
(この話に限らないけど)更新後のアクセス状況や拍手が励みでした。
 また機会があれば読みに来ていただけると嬉しいです。

2016/1/12更新

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