石に咲く花


 5月にもなると、クラス替えで新鮮だった空気もだいぶ日常的なものになってきた。
「おはよう、穂刈くん」
「お、おはよう」
 ボクは自分の席に座ったまま、穂刈くんがクラスメイトの女の子と挨拶を交わすのを眺める。
 去年も同じクラスだった子はともかく、今年から新しく同じクラスになった女の子だと、緊張してしまうのか挨拶もどことなくぎこちない様子だった。
 だから違うクラスだったのに比較的スムーズに挨拶してもらえてたボクは、ひそかに優越感みたいなものさえあった。
 でも、こうなってしまうとボクの存在が他の女の子達の中に埋もれてしまった感じだ。
 それはいい事なんだってわかってるんだけど、なんだか寂しかった。
「おはよう、茜ちゃん。何考えてるの?」
「坂城くん。おはよう」
 穂刈くんの方を見たままぼんやりしていたら、意味ありげな笑みを浮かべた坂城くんに声をかけられた。
「別になんでもないよ」
 これでなんともないなんて納得してくれる人はいないだろうなと、言いながら自分でも思った。
「俺はてっきり純のことを見てると思ったんだけど」
 わかってるんなら聞かないでほしい。
「……ボクはただ、穂刈くんってホントに女の子苦手みたいだから大変そうだなって思ってただけさ」
 今にして思えば、初対面の時に荷物を持ってくれたのも、穂刈くんにとってはそうとう勇気がいったんじゃないかと思う。
 それなのにボクのことを手伝ってくれて、思い出すたびに感謝の気持ちでいっぱいになる。
「ま、確かにそうだよね」
 坂城くんも穂刈くんの方を見る。穂刈くんは1時間目の数学の教科書を開いて予習しているみたいだった。
「あいつもさ、そろそろ好きな女の子作ればいいのにね。せっかくの高校生活なんだし、女の子とラブラブに過ごさないと」
「坂城くんじゃないんだから……」
 言ってから、この言い方は失礼だったかなとちょっと思ったんだけど、坂城くんは気にした様子も見せなかった。
「そう? でもあいつだって健全な男子なんだし、女の子に興味がないってことはないと思うんだけど」
 そうなんだろうか。
 穂刈くんが女の子を好きになったりしているところを想像してみたけど、うまくいかなかった。


 そんな会話をしたことなんて、もちろんとっくに忘れて日常生活を送る。
 ゴールデンウィーク明けのある日、いつものように夕飯の支度をしていると電話が鳴った。
 すぐにベルの音が途切れたからお兄ちゃんが出てくれたんだろう。
「茜。陽ノ下さんって子から電話だ」
「あ、うん」
 お兄ちゃんが台所に顔を出す。
 陽ノ下さんがボクに何の用事なんだろう。
 顔と名前はなんとなく知ってるけど、去年も今年もクラスが違うから今まで話したことはほとんどない。
 ボクは怪訝に思いながら受話器を耳に当てた。
「もしもし、お待たせ」
『もしもし、私、陽ノ下光! 電話で話すの初めてだよね!』
 元気な明るい声が耳に飛び込んでくる。
 なんとなくだけど、悪い話を持ってきたって感じじゃない。ボクは少し緊張を解いた。
「急に何の用?」
『あのね、穂刈くんっているじゃない? 一文字さんと同じクラスの』
「うん」
『私の幼馴染の子が穂刈くんのお誕生日祝いにどこか遊びに行きたいらしいんだ』
「幼馴染の子? お誕生日?」
 穂刈くんや坂城くんとよく一緒にいる男の子のことだろうか。
 そういえば陽ノ下さんがたまに教科書を借りているのを見たことがあった。
『そう。穂刈くんのお誕生日。子供の日なんだって』
 言われてみればそうだったかもしれない。ボクは去年のクリスマスの占いのことを思い出す。
 子供の日なんてもちろんとっくに過ぎちゃっている。
 いつもお世話になっているのに、全然お祝いの一言も言ってなかった事に気付いて、ボクは後悔した。
『それで男2人で遊ぶのもむなしいからって、私を誘ってきたんだけど、他にも誰か誘ってって言うから』
「そうなんだ」
 でも、なんでボクなんだろう。
『で、どうかな? 今度の日曜日らしいんだけど』
「別にその日はバイトもないけど……でも陽ノ下さんの友達は? 誘わなくていいの?」
 わざわざ他のクラスの僕を誘わなくても、他にもいっぱい誘える人はいるんじゃないのかな。
『え、あ、うん、いいのいいの!』
 明らかに声のトーンが上ずった感じになる。何かを隠されてる感じがした。
『私の友達はみんな用事があったし、それに、一文字さんって穂刈くんと仲いいって聞いてるから』
「そ、そうかな」
 照れくさくなって、目の前に陽ノ下さんがいるわけでもないのにうつむいてしまう。
 ボクとしては、相手が穂刈くんだから、仲がいいって言っちゃっていいのかよくわからないんだけど。
 クラスの女の子の挨拶と同じで、慣れの問題じゃないのかな。
 でも、遊園地は大好きだし、クリスマスの時も楽しかった。
「……うん。じゃあ、ボクも行っていいかな」
『ありがとう!』
 誘ってもらったのはボクの方なのに、どうして陽ノ下さんがお礼を言うんだろう。
 その後は簡単に待ち合わせ場所なんかを決めて、電話が切れた。


 遊園地を楽しみにしているうちに、やっと土曜日の放課後になった。
 後は家に帰って家事をして寝るだけで日曜日だ。
 珍しく穂刈くんは部活はないみたいで、防具や竹刀の袋は持っていない。
 鞄だけ持って教室を出ようとしていたところを呼び止めた。
「穂刈くん」
「ん? ……い、一文字さん」
 振り向いた穂刈くんの顔が、ボクの顔を見て少し緊張したみたいに引き締まる。
「ねえねえ。まっすぐ帰るんだったら、せっかくだし一緒に帰らない?」
 別にボクは変なことを言ったつもりはないんだけど、穂刈くんは目をそらして頷いた。
「あ、ああ」
 机の端に掛けた鞄を取ろうとして振り返ると、坂城くんがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気付いた。
 たぶん穂刈くんが女子と帰ることになっているのが面白いんだろう。
 いつものことだからそっちは気にしないで、入口で待っててくれてる穂刈くんに声をかけた。
「それじゃあ行こっか」
 廊下は帰る人や部活に向かう人でごった返している。
 どうしてだか穂刈くんはぎくしゃくした感じで歩いていて、下駄箱にたどり着くまでに何回も人や物にぶつかっていた。
「あ、一文字さんと穂刈くん。今帰り?」
 ちょうどそこに陽ノ下さんが通りかかった。鞄を持っているってことは今帰るところなんだろうか。
「うん。よかったら、陽ノ下さんもボクたちと一緒に帰らないかい?」
 いい機会だからもう少し話せたらと思ったんだけど、陽ノ下さんはボクの隣にいる穂刈くんの顔をうかがうように見た。
「え、えーと……」
 どうしたんだろうか。陽ノ下さんに見上げられた穂刈くんも複雑そうな顔をしている。
「ああ、そうそう、私今日は部活のミーティングがあったの! 陸上部だから」
「そうなんだ、大変だね」
 陽ノ下さんは申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。
「本当にごめんね、それじゃあ、私、もう行かなきゃいけないから」
「バイバイ」
 ぱたぱたと、陽ノ下さんは廊下の向こうへ走って行った。部活のミーティングってどこでやるんだろう。
「陽ノ下さんとは仲いいのか?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど、せっかく遊園地に行くんだから話してみたいと思ってさ」
「そ、そうか……」
 少し顔を赤くしたのは、明日の遊園地のことを考えたからなんだろうか。
 クリスマスの時の穂刈くんの困った様子を思い出す。
「穂刈くんは陽ノ下さんとは仲いいの?」
「いや、俺よりも友達の方が陽ノ下さんと仲がいいんだ」
 それは陽ノ下さんも言っていた。
 それにしても、陽ノ下さんの幼馴染の子も坂城くんみたいな性格なんだろうか。
 坂城くんみたいな人ならいいのかもしれないけど、穂刈くんにとって女の子を交えて遊園地に行くのが本当にお誕生日祝いになるのかボクは心配になった。
「ねえねえ、お誕生日祝いだったんだよね」
「え?」
「明日の遊園地。穂刈くんのお誕生日祝いって聞いてるよ、ボク」
「あ、ああ……」
 穂刈くんは面食らった顔のまま、あいまいに頷いた。
 あれ、もしかして陽ノ下さんたちから聞いてないのかな。まずいことを言ってしまったのかもしれない。
 でも、言っちゃったものはしょうがないからそのまま続ける。
「ボク、最近仲良くしてもらってるのに何もしてなかったからさ。高いものじゃなくてよければ、何かプレゼントするよ」
 そう申し出ると、穂刈くんは戸惑ったように瞬きした。
「でも、遊園地……に……」
「遊びに行く約束の事? それはボクからのプレゼントじゃないし。ボクからも何かあげたいんだ」
 笑ってそう言うと、穂刈くんの顔が急に真っ赤になって体が細かく震え出した。
 どうしたんだろうなんて思う間もなかった。
「ぬおぉぉぉ……!」
「あ、穂刈くん!」
 止めようとしたんだけど、穂刈くんはすでに走り去ってしまった後で。
「プレゼント、どうしようかな……」
 取り残されたボクはむなしく呟いた。


 仕方ないので1人でプレゼントを選んで帰ると、家に舞佳さんが来ていた。
「あら、茜ちゃん。お邪魔してるわよん」
 くつろいだ様子で座布団に座って、お茶を入れて飲んでいる。
「こんにちは。お兄ちゃんはどうしたんですか?」
 舞佳さんがいるってことは、お兄ちゃんが鍵を開けて招待したってことだと思うんだけど、玄関にはお兄ちゃんの靴はなかった。
「ちょっと散歩に行くって言ってたわよん。それより、今日の夕ご飯、何にするかもう決めた?」
「まだですけど」
 なにかリクエストだろうか。そう思ってると、舞佳さんは机の陰に置いてあったビニール袋を肩の高さに持ち上げた。
「よかった、ちょっと家の冷蔵庫に使い切れない野菜とか入ってて。悪いけど、今日の夕食に使って欲しいのよねん」
 ビニール袋の中身を見ると、キャベツや玉ねぎなんかが今日一食分では使い切れないくらい入っている。
「わあ、助かります。ありがとうございます」
「いいのいいの。使ってもらえて助かってるのはこっちもだし」
 どっこいしょ、とわざとらしく呟いて舞佳さんが立ち上がる。
「じゃあそろそろ作り始めましょっか」
「はい」
 舞佳さんも手伝ってくれるみたいだ。並んで台所に立つ。
「茜ちゃん、包丁とってくれるかしら?」
「どうぞ」
「ありがと」
 しばらく無言で野菜を切り刻む。
 ボクの手元を見て、お肉を切っていた舞佳さんが驚いたように目を丸くした。
「ねえ茜ちゃん、ちょっと多すぎない?」
「あ、ボク、明日ちょっと遊びに出かけるから……お昼の分とか、一応」
 ボクが答えると舞佳さんの目が輝いた。
「それって男の子と!?」
「ま、まあ男の子も……一緒です」
 居間の方が気になって声を落とす。知らないうちにお兄ちゃんが帰ってきてたらどうしよう。
「いいわねぇ~青春の一ページって感じよねん。じゃあ明日はおしゃれしてかなくちゃね」
「え、でもボクあんまり服持ってないし……」
 それに、普段だってそんなにおしゃれしないのに、変に思われないだろうか。
「いいのいいの、茜ちゃんは素材がいいから。あ、あたしのお化粧品も貸してあげるわねん!」
 どうしてボクより舞佳さんの方が乗り気になってるんだろう。
「明日が楽しみだわ~」
 なんて言ったらいいかわからなくて、ボクは黙って野菜を切り続けた。


 次の日の朝、結局そのまま泊り込んだ舞佳さんにお化粧をしてもらって、ボクはそわそわしながら待ち合わせ場所のバス停に向っていた。
 舞佳さんはかわいいって言ってくれたけど、それって身内の欲目みたいなやつなんじゃないのかな。
「お待たせ」
「おはよう、一文字さん」
「おはよう!」
 バス停には、陽ノ下さんとその幼馴染の彼が既に着いていた。
「あれ、一文字さん、お化粧してる? かわいい!」
 そういう陽ノ下さんの目元もアイシャドウなのか、なんだかキラキラしている。
 やっぱり普通の女の子ってほむらなんかとは違うんだな。
「そうなの?」
 陽ノ下さんの幼馴染はまったく気づかないみたい様子でボクの顔を覗き込む。
 褒められたら褒められたで恥ずかしいもんだなって思った。
「う、うん。知り合いの人にやってもらって、ちょっとだけど……。陽ノ下さんもすごくかわいいよ」
「そんな事ないよ~」
 そのまま陽ノ下さんと話をしていると、時間ぎりぎりになって穂刈くんがやってきた。
「すまん。待ったか?」
 穂刈くんはボクたちのほうを直視できないといった感じで、陽ノ下さんの幼馴染をまっすぐ見て挨拶をする。
「待った」
 幼馴染の彼はぶっきらぼうに返事を返したけど、わざとだろう。目が笑ってるもん。
 陽ノ下さんが明るく声をかけた。
「それじゃあ行こうよ!」
 そしてやってきたバスに4人で乗り込む。並んで座れる一番後ろの椅子は空いてなかったから、2人がけの椅子に2人ずつで座る事になる。
「光、ここ座ろうぜ」
「うん!」
「えっ?」
 さっさと陽ノ下さんと幼馴染の彼が一緒の椅子に座ってしまったので、ボクと穂刈くんがその後ろの椅子に座る事になる。
 ものすごい緊張した顔してるけど、大丈夫かな。バスの中だと逃げ場ないと思うんだけど。
「窓際に座っていいよ」
 穂刈くんがバス酔いする体質なのかどうかわかんないけど、あんまり緊張してたら酔うんじゃないだろうか。
 ボクが窓際を勧めると、穂刈くんはふらふらと座った。
「あ、ああ……」
 前の席では陽ノ下さん達が楽しそうに喋っているのに、こっちでは一言も会話ができない。
 なにか話題を考えていると、陽ノ下さんが急にくるりと振り返った。
「穂刈くん、今日、一文字さんなにか違うと思わない?」
「えっ」
 戸惑ったように穂刈くんがボクの顔を見て、慌てて目をそらした。
「もー、ちゃんと一文字さんの顔を見ないとわかんないよ!」
 穂刈くんは助けを求めるように陽ノ下さんの幼馴染の方を見たけど、彼はなりゆきを面白がって笑いをこらえている。
 ボクは仕方なく助け舟を出すことにした。
「実はボク、今日、知り合いの人にお化粧してもらったんだ。どうかな、変じゃない?」
「あ、ああ……」
 穂刈くんは顔を真っ赤にして、うつむいたまま何度も頷いた。たぶん穂刈くん自身の膝しか見えてないと思うんだけど。
 その時、道路にでこぼこでもあったのか、急にバスが揺れた。
 バランスを崩して、思い切り穂刈くんの肩にボクが寄りかかるような感じになった。
「ごめんごめん、痛くなかったかい?」
「…………!」
 痛みよりは恥ずかしさの方が上回ったみたいで、穂刈くんは慌てて立ち上がりかけたけど、通路側の席にボクがいたため走り出せないようだった。
「純、座らないと危ないぞ」
 おとなしく穂刈くんは腰を降ろす。狭い座席なので、また少し腕がぶつかりあう。
 真っ赤になってる穂刈くんを見てるとこっちまで意識してしまうので、そっと穂刈くん側の腕を引いた。
「……すまん」
 小声で謝る穂刈くんの横顔は、少しだけ穏やかなものになっていた。


「じゃあ、まずはジェットコースターだな!」
 その言葉を皮切りに、次々に乗り物に乗っていく。クリスマスにほむらと来た時みたいに無茶な乗り方をする事もなくて楽しかった。
 陽ノ下さんと幼馴染の彼がほぼ一緒に行動しているから、ボクも穂刈くんと一緒に行動する事になる。
 これって、穂刈くんのお誕生日祝いっていうより、陽ノ下さんが幼馴染の彼と過ごしたかったんじゃないのかな。
 でも、ボクとしても他の2人とはあまり話した事ないし、穂刈くんといる方がよかった。
 だからなんとなく、4人で乗れそうな乗り物の時も、自然にそのまま2人で乗っていた。
「そろそろ暗くなってきたね」
 陽ノ下さんが名残惜しそうにつぶやいた。
 確かに空がほんのり赤く染まってきている。そろそろ帰らないといけない時間だ。
「観覧車にでも乗ろうか」
 みんな考えることは同じみたいで、観覧車は並んでいた。
 でも、楽しく喋ってたらあっという間だ。
「今日は楽しかったな、ボク」
 ようやく乗れたゴンドラのシートでぐっとのびをする。
 やっぱりゆっくり座って景色を見れる観覧車は穏やかな気持ちになれる。
「ああ」
 ボクと今日一日過ごして、少しはリラックスしてきたらしい穂刈くんが穏やかに答えてくれた。
 目線は外を見たままだけど、でも、きれいな夕日だからしかたがないと思えた。
「そうだ。誕生日のプレゼント、用意してきたんだよ。受け取ってもらえるかな」
「あ、ありがとう……開けていいか?」
「うん、もちろん」
 中身はちょっと高めのシャープペンとボールペンにした。
 ボクだったらそんなに勉強することなんてないけど、まじめな穂刈くんだったら活用してくれるかなと思ったし、それに飾り気はないけど高級感があるデザインが穂刈くんに似合うような気がした。
「ごめんね、なにをあげたらいいかわかんなかったんだ。でも、絶対使うものだからって思ってさ」
「ああ、大事にするよ。ありがとう」
 箱の中身を見つめて、本当に嬉しそうに穂刈くんはお礼を言った。その顔は夕焼けで赤く染まっている。
 なんとなく会話が途切れちゃったから、ボクは景色を眺めた。
 高校に入る前はこうやってみんなで、それも男の子も交えて遊びに出かける事なんてめったにない事だと思っていた。
 それがクリスマスも、今日もこうやって実現している。そしてそのどっちも、穂刈くんが一緒にいてくれた。
 それにしても、どうして今日、ボクが誘われたんだろう。
 穂刈くんと仲がいいからって説明はされたけど、やっぱりなんだか不思議だ。
 ……穂刈くんがボクの事を好きだからだろうか。
「!」
 急に湧いて出た答えに、顔から火が出そうになる。
 ボクはなんて自意識過剰なんだろう。平常心を取り戻そうと思って頬をぺちぺち叩く。
「ど、どうかしたのか?」
 驚いたように穂刈くんがボクの顔を見る。
「ううん、なんでもない!」
 そう答えたんだけど、穂刈くんはじっとそのままボクの顔を見てくる。
 なにか顔についてるだろうか。
 心配になって頬をこすってると、穂刈くんは緊張のあまりなのか、声を裏返らせながら言った。
「一文字さん。……け、化粧、似合ってるぜ」
「あ、ありがとう……」
 急にそんなこと言われるなんて思ってなかったから、ボクは穂刈くんの顔を見れなくなっちゃって、ゴンドラの外を見ながら頷いた。
 これじゃあいつもと逆だ。
 穂刈くんの頬が赤いのは夕日のせいだろうか。
 ボクの頬もきっと夕日のせいで赤くなっているんだろうか。
 心臓の鼓動がどきどきと、早まってきていた。


...




※この話は2007年以前に書いたものを2016. 11. 10に加筆修正しています。

 2年目春。
 純がついに恋愛に目覚めました。
 一文字さん(というか水無月さん以外の女子)にしたら、光とは面識がなさそうなのによくWデート来てくれるよな……といつも思いながらプレイしています。


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