2×2 「うーん……うるさいなー……」 家じゅうに鳴り響く電話のベルの音に、ボクは少しイライラしながら起き上った。 今日はせっかくのテスト休みだった。 ここしばらくは睡眠時間を削ってテスト対策してたもんだから、家事もほとんど済ませちゃったボクは心置きなくお昼寝をしていた。 でも、起こされてしまったからには出ないわけにいかない。電話が切れてしないように祈りながら急いで音のする方に向かう。 冬の廊下は結構寒くて、寝起きでぼんやりしていた頭も一歩歩くごとにはっきりしてくる。 もし変なセールスとかだったらどうしてやろう。 「はい、もしもし」 不機嫌だったのがあからさまに声に出てしまったけれど、相手はそれでひるむ様子もなく、明るい口調で言った。 『あ、茜ちゃん? 坂城ですけど』 坂城くんから電話が来るなんて思ってなかったから、ボクはちょっと驚いた。 電話番号を教えたことはあったけど、クラスも違うしこれまでかかってきたことは一度もなかったから。 「どうしたの? 急用でもあった?」 『まあ、急用といえばそうかもね。もたもたしてたら予定入っちゃうかもしれないし』 そう前置きしてから話し始めた坂城くんの用事をまとめると、遊園地の無料チケットが偶然手に入ったからクリスマスイブの日に行かないか、っていうものだった。 『もちろん2人きりじゃないよ。俺は2人でもいいんだけど、チケットは4人分あるからとりあえず純も誘おうと思っててさ。だから茜ちゃんも誰か誘って4人で行こうよ』 「え、でも」 遊園地なんてしばらく行ってないし、タダで行けるならすごく行きたい。 でも本当にボクが行っていいんだろうか。これまで坂城くんたちとすごく仲良かったわけでもないのに。 『あれ、もしかしてイブの日もう予定あった?』 「ない、けど」 その日はバイトも休みだったし、もしテストの結果が悪くて補習になったとしても、イブの頃には終わってるはずだ。 お兄ちゃんの夕ご飯は心配だけど、遅くならないうちに帰れば大丈夫だ。 「じゃあ、連れてってくれるかな?」 『もちろん。詳しい事が決まったらまた連絡するから。それじゃあねー』 遊園地に行くならもちろんほむらも誘わないといけない。 ボクはいったん置いた受話器をまたすぐに持ち上げた。 そして、あっという間にクリスマスイブの日がやってきた。 現地集合って話だったから、ボクはバスに乗って窓の外を眺める。 道を歩く人もなんだかみんなうきうきしているみたいに見える。 久々に遊園地で遊べると思うとなんだかそわそわして、ボクは約束の時間よりもだいぶ早めに出発しちゃっていた。 だから自分が一番乗りだと思ってたんだけど、バス停で降りるとすぐに坂城くんが入口近くの花壇のふちに腰かけて待っているのが目に入ってちょっとびっくりした。 「やあ、茜ちゃん。早いね」 「坂城くんこそ」 毛糸の帽子にマフラーも巻いて、温かそうな格好はしているけど、こんな外で待っていたら風邪ひくんじゃないだろうか。 「まあ、一応誘っておいて遅れるわけにもいかないし、こうやって通行人を眺めてるといい情報収集にもなるしさ」 けろっとした顔でそう言って、坂城くんは遊園地の入り口の方へ目を向ける。 たくさんの人が係の人にチケットを渡して門の中にどんどん吸い込まれていく。 冬休みだから当然だけど、きっと中は混雑しているんだろう。ボクも早く入りたくてうずうずしてきた。 「お、あれ水無月さんに似てるな……デートかなあ」 坂城くんはマイペースに余計な詮索をしている。 ボクはため息をついた。 遊園地の中からは楽しそうな音楽や歓声が聞こえてきて、こんな所でじっと待ってると楽しみすぎて頭がおかしくなりそうだった。 「ねえねえ、坂城くん、ボクちょっとそこのコンビニに行ってきたいんだけどいいかな?」 「ん? うん、いいよ」 坂城くんがにこやかにうなずいてくれたので、バス停前のコンビニに入る。 暖房の効いた温かい空気と、聞きなれた流行の音楽に少しほっとする。 買いたいものがあったわけじゃなかったから、なんとなくお店の中を見て回っていると、冷蔵庫の中で並ぶペットボトルの飲み物に目が留まった。 本当は家から作り置きのお茶を水筒に入れて持っていくつもりだったんだけど、出かける直前に見たら全部お兄ちゃんに飲まれていた。 冬だし飲み物はなくても大丈夫かな、と思ってそのまま家を出たんだけど、空気が乾燥しているせいか喉がちょっといがいがするような気がする。 ここで我慢して結局遊園地の中で買う事になってしまうともっと高くつくし、ここで飲み物を買っておく事にした。 ペットボトルがずらりと並んでいるのをじっくり眺める。 普通のお茶やジュースに混じって誰が飲むのかよくわからないような怪しい商品が置いてある。 こういうのを買うことはなかなかないし、どれにしようか悩んでいると、窓の外からバスの止まる音がした。 なんとなくそっちの方を見ると穂刈くんが降りようとしているのが見える。時計を見るともう5分前だった。 慌ててペットボトルを掴んで会計を済ませて、バスから降りて遊園地へ向かう穂刈くんの後ろ姿を追いかけた。 「穂刈くん!」 「よう。他のみんなはもう来てるか?」 学校指定のコートとは違う、温かそうなダウンを着た穂刈くんってなんだか新鮮だ。 「ううん、坂城くんだけ」 ずっと窓の外を見ていたわけじゃないからわからないけど、ほむらは多分来ていないだろうという確信がある。 だてにほむらと友達付き合いはしていない。ほむらが時間前に来るなんてありえない。 「それはそうと、何買ったんだ?」 「これ? 遊園地で飲もうと思って……あ」 ビニール袋からペットボトルを取り出したボクは、やっとそれがお目当ての商品じゃない事に気がついた。 それが無難な緑茶系の商品ならまだよかったんだけど、よりによってボクの大嫌いな商品だ。 前に人からもらって飲んだけど苦手な味で、絶対次からは何があっても飲まないでおこうと心に決めていたのに。 ボクは大きくため息をついた。 ほむらが来たのは約束の時間より更に20分過ぎてからだった。 「ワリィ、テレビ見てたら遅れた」 「ほむら! キミねえ……」 ずっと他の人たちがわくわくした様子で遊園地の中に入っているのをただ見ているだけなのはすごく辛かったのだ。 遅刻されるのは予想してたけど、やっぱりほむらの顔を見ると文句を言ってやりたい気持ちがむくむくと湧き上がる。 「まあまあ」 ほむらに詰め寄ろうとしたボクの前に坂城くんが立つ。 ボクよりも長い時間待っていたはずなのに、特にイライラした様子もなくてボクは驚いてしまう。 「やっとみんなが揃ったんだしさ、こんなところで喧嘩するよりも早く行こうよ」 そう言って坂城くんが歩き出してしまったので仕方なく追いかける。 チケットの持ち主には逆らえないし、そうじゃなくても確かに言うとおりだった。遅れてしまった分早く遊ばなきゃもったいない。 そして入場ゲートをくぐり、すぐそこにある広場の前で坂城くんは一旦立ち止まった。 「もしはぐれたら、まずここに集まる事にしようよ」 そう言いながら坂城くんが全員の顔を見回す。 確かに、迷子センターって年でもないし、ここは大きな花壇もあって待ち合わせにはよさそうだった。 「俺はそれでいいぜ」 「ボクも」 「そんな事より早く行こうぜ!」 一番はぐれそうな人がそんな事を言うので困る。ボクはほむらを思い切り睨みつけてやった。 「じゃあ、最初はジェットコースターに乗ろうよ」 ジェットコースターはここから一番近いし、ボクもすごく好きな乗り物だ。 さっそく列に並ぼうと歩き出すと、ボクたちの後ろで坂城くんが穂刈くんに話しかけるのが聞こえた。声の感じからしてまたからかおうとしてるんだなってすぐに見当がついた。 「純、お前誰と一緒がいい?」 どう答えるのか気になって振り返ると、穂刈くんは案の定真っ赤になって黙り込んでいた。 「……匠、一緒に行かないか」 さんざん悩んだ挙句にそんなことを言うもんだから、坂城くんはしかめっつらになった。 「何で男同士でジェットコースター乗らなきゃなんないんだよ。せっかく女の子と来てるのに」 無料チケットがあるからって誘ってくれるなんて随分ふとっぱらだなって思ってたんだけど、やっぱりそういう意図があったみたいだ。 別に男同士で乗ったっていいと思うんだけど、チケットに釣られてやってきたのに変に口出しすることもできなくて様子を見守るしかない。 「駄目か……」 肩を落とした穂刈くんにほむらがイライラした調子で怒鳴る。 「あーもう、ジェットコースターくらい誰と一緒でもいーじゃねーか! それをぐだぐだと……もういい、坂城、一緒に乗ろうぜ」 坂城くんの返事を聞く前に、ほむらは坂城くんの服の首のあたりをつかんで引きずるようにして移動を始める。 「茜ちゃんはそれでいい?」 引きずられながらも坂城くんはボクに意見を求める。 「うんうん、ボクは別に構わないよ」 穂刈くんは大丈夫だろうかと振り返ると、やっぱりまだ赤い顔をしている。 「よ、よろしく頼む」 声もなんだか震えていて、今日一日穂刈くんは楽しめるんだろうかとボクは心配になった。 最初にほむらと坂城くん、ボクと穂刈くんでジェットコースターに乗ったせいか、その後もなんとなくこの組み合わせで行動する感じになる。 「ようし、次はあれ乗ろうぜ!」 ここまでずっと絶叫マシーン系を連続で乗ってるからほむらはかなりご機嫌だ。 早く次に行こうと他のみんなを置いて歩き出そうとする。その先の乗り物を見てボクはげんなりした。 「また絶叫マシーン?」 楽しいは楽しいんだけど、叫びっぱなしでさすがにちょっと疲れてきた。 さっきからいろいろな方向にぐるぐる回ってばかりで、なんだか地面に立っててもまっすぐに立ててない感じがする。 「なんだよ茜、嫌なのか?」 「嫌っていうか、ゆっくりできるアトラクションにも行こうよ」 「えー、そんなのつまんないだろ」 どうしてほむらはこんなに元気なんだろうって思ったけど、よく考えたらほむらが体調不良になるなんて、食べ過ぎ以外では見たことなかったのを思い出す。 「じゃあさ、次は占いの館に行かない?」 坂城くんがボクたちの間に割って入る。 「占いの館ぁ?」 ほむらは不満そうに声をあげたが、ボクはそれで大賛成だった。 「いいね、それ。行こうよ!」 占い自体は別にたいして好きじゃなかったけど、これ以上絶叫マシーンに乗るのよりは数倍もマシだ。 「占いなんてやって何が楽しいんだよ……」 ぶつぶつ言うほむらをなだめるように坂城くんが口を開いた。 「でも、占いの館ももう少しで閉館なんだしさ、最後くらいは行ってみようよ」 その話は初耳だったので驚いた。 「え、本当?」 そう言われてみれば、やけに他の乗り物に比べて占いの館に集まる人の数が多いような気がする。 ボクも遊園地自体しょっちゅう来るわけじゃないから、意外と人気なんだなくらいしか思ってなかったんだけど。 「うん、ひびきのウォッチャーに載ってた」 「へえ……」 ひびきのウォッチャーはバイト先の定食屋にもあるからたまに読むけど、そんな記事を見たのかどうか思い出せない。 でも、坂城くんはきっとすべての記事を暗記しているのではないだろうか。根拠はないけどそんな気がする。 珍しいものを発見したような気分になって、ボクはまじまじと坂城くんを見つめた。 「なに?」 「ううん、なんでもない」 そう言って手を振るとそれ以上ボクの方は追及せず、坂城くんはほむらの方に向き直った。 「そういうわけだから、ちょっとくらい行ってみない? それでその後はお昼にしようよ」 「メシ!? よーし、いいぜ。そうと決まればさっさと済ませようぜ」 そう言ってほむらは再び坂城くんを引きずっていく。食事の前の儀式と勘違いしてるんじゃないだろうか。 自動的に、ボクと穂刈くんで占いの館へ行く事が決まってしまった。 「穂刈くんは乗りたいもの、ないの?」 専用の端末に自分の生年月日を入力しながら尋ねる。 占いの館って、本物の占い師さんが占ってくれるのかと思ってたんだけど、こうやって画面に必要なことを入れたらロボットが占い結果を教えてくれるらしい。 区切られたブースの中はひんやりと薄暗くて、流れる音楽もなんとなく神秘的な気はするけど、ボクにはあまり面白さがわからない。 もうすぐ閉館だからってことで賑わってるけど、普段だったらそんなに人が来ないんじゃないかな。 だから閉館しちゃうのかな。 「もっと遠慮しないで乗りたいものとか言えばいいのに」 「まぁ、ジェットコースターは嫌いじゃないからな」 珍しそうにブースの中を見回していた穂刈くんはぼそっと呟いた。 緊張しているのかもしれないけど、さっきからずっと黙ってついてくるだけで、楽しんでるんだかそうでないんだかよくわからなかった。 地上にいるときはほむらが騒がしいし、乗り物に乗ってからって言ったって、絶叫マシーンじゃ話す暇があるわけない。 やっと話す機会が回ってきた感じがする。 「それ以外で好きな乗り物はないの?」 「観覧車は好きだな」 まじめで堅実な穂刈くんと観覧車って、なんだか似合う気がした。 「じゃあ、次乗ろうよ」 そう誘ってみたのに、穂刈くんは首を横に振る。 「あまり早いうちに乗っても面白くないから」 「え、そう? 好きなものだったらいつでも面白いと思うけど」 「でも一日遊んで遊び疲れた頃に乗りたいだろ」 「そうかなあ……」 でも、確かにゆっくり出来る観覧車は疲れを癒すのに向いているかもしれない。 それに、早い段階で観覧車に乗っちゃったら、そのあとは最後までほむらに引きずられて絶叫マシーンを何往復もするはめになりそうだ。 やっぱり最後のほうがいいかな。 「あ、穂刈くんの誕生日いつ?」 ボク自身の情報を入れ終わって、次は穂刈くんの情報を入れるようロボットが促してくる。 もしかしてこれ、適当に操作を始めちゃったんだけど、相性占いなんだろうか。 幸い、穂刈くんはあまり操作中の画面は見ていなかったみたいで、何の占いなのかは気にしていないようだ。 「5月5日」 「子供の日だね」 言われた通り、これも占いロボットに入力する。 「名前を漢字で入れてくださいだって」 「ああ」 どういう字を書くのか、自信がなかったから穂刈くんにまかせる。 「ああ、純一郎の純って純情の純なんだね。初めて知ったよ」 坂城くんが穂刈くんのことを『純なやつ』って言ってるのは知ってたけど、名前の漢字も純だとは知らなかった。 ボクの言葉を聞いて穂刈くんは複雑そうな顔をした。 別にからかおうと思って言ったわけじゃなかったんだけど。 『これでいいですか?』と内容確認画面が出たので『はい』を押す。 ほどなくして占いロボットが動き出す。 「ミエル、オマエノ未来ガ……」 明らかに機械の合成音とわかる声が響いて、ロボットの手に置かれた水晶玉、に見せかけたプラスチックの球体がぴかぴか光った。 そして占いの結果が印刷された紙がぺろんと出てくるので、まずはボクが手に取った。 「どれどれ?」 紙には、2人の基本的な性格と、向いている職業、相性なんかが印刷されている。 やっぱり相性占いだったんだ。 紙自体のデザインも、ピンク色にハートの模様が入っていていかにもそんな感じだ。 見せないわけにはいかないけど、でもどう切り出せばいいのか迷っていると、穂刈くんがボクの手元を覗き込む。 「どうだったんだ? …………」 予想してたけど、穂刈くんは顔を赤くして黙り込んだ。 「ち、違うんだよ、わざとやったんじゃないんだよ、ボク。こういうのの操作って慣れてないからさ、本当は金運とかのほうが知りたかったんだけど……」 これで相性の所も無難な結果だったらまだよかったんだけど、ひときわ目立つ字で「あなたたちは最高の相性です」と書いてある。 穂刈くんが真っ赤になるもんだからなんだかボクまで恥ずかしくなってきた。 暑くもないのに汗をかいちゃいそうだ。 こんなの遊びなんだし、ただ知り合い同士、相性がよくてよかったねって言って終わってくれたらいいのに。 「……やっぱり占いなんて当たらないね、だってボク几帳面じゃないもん、大雑把だしさ」 基本的な性格の所を指さして、わざと声を張り上げて言う。 固まっていた穂刈くんもそれで少し冷静さを取り戻したしたようだった。 「そ、そうだな。俺もそんなに真面目じゃないし……」 残念だけど、少なくともその点だけは誰に聞いても「当たっている」という答えが返ってくるのは確実だった。 占いの紙はボクが貰う事にした。 捨てるのももったいないし、穂刈くんに押し付けたら走って逃げられちゃいそうだし。 紙をしまうために鞄を開けると、さっき買ったお茶が見えてボクはうんざりした。 「さーてと、メシだメシだ」 ほむらがうきうきとした足取りで食べ物を買いに行く。 その後をついていく坂城くんがボクたちの分も買ってきてくれるというので、ボクたちは場所取りだ。 売店近くの休憩所はやっぱり混んでるけど、どうにか4人座れそうな席を見つけた。 「このへんでいいんじゃない?」 「ああ、そうだな」 つるっとしたデザインのプラスチックの椅子に座って一息つく。座り始めは冬の空気でひんやりしてるけど、それもなんだか気持ちいい。 バイトとか家事じゃなくて、ただ遊ぶだけで疲れるなんてどれくらいぶりだろう。それが午後もあるんだからなんだかわくわくしてきた。 「おまたせー」 「あ、坂城くんありがとー」 ほむらと坂城くんもトレイを持って戻ってきた。ほむらなんて器用に片手でトレイを持ちながらもう片方の手で既にホットドッグを食べ始めている。 ボクも食事をするために、気が進まなかったけどペットボトルを出すことにした。 「あぁ、茜ちゃん飲み物買ってきたんだ」 ボク以外の3人は紙コップに入った飲み物を手にしている。 「遊園地で買うよりも安いからね」 お財布のことを考えながら行動するのなんて、慣れてるはずなのになんだか今日はみじめな気分だ。蓋を開ける気になれずに手の中で転がす。 「飲まないの?」 「うーん、これ、前に一度飲んだ事あるんだけど、あんまり好きな味じゃなかったんだよね。でも間違えて買っちゃってさ」 「だったら、こっち飲むか? 俺は喉乾いてないし、まだ口つけてないから」 穂刈くんが飲み物の入った紙コップを差し出してくる。 交換でもなくゆずってくれるつもりみたいだったからボクはびっくりした。 「え、いいよいいよ。だって遊園地の飲み物って高いでしょ」 「別にそれくらいいいよ」 「…………」 確かに、金額自体は大したことじゃないんだけど、ボクにとっては大切なお金だ。 同じ金額でも何に使うかはすごく重要だったし、こんな所で割高な飲み物にお金を使うのはあまり価値がある使い方だとは思えない。 そうやって「少しだから」とすぐに割り切る事はボクには無理そうだった。 「一文字さん?」 穂刈くんは厚意でやってくれてるんだから、あんまり断るのはおかしい。 「ありがとう……いただきます」 せっかく穂刈くんに譲ってもらったお茶は、なぜか味が感じられなかった。 お昼を食べ終わって、ますます元気になったほむらに引っ張られて遊び続ける。 午前中も乗った絶叫マシーンにもまた乗らされたし、それ以外のアトラクションもどんどん回って、遊園地中の全ての乗り物を制覇する勢いだった。 気が付けば日が暮れるような時間帯になっていた。 「じゃあ、最後は観覧車だね」 観覧車はちょっと並んだけれど、待ちくたびれるほどでもなく乗り込む事が出来た。 シメはジェットコースターだろ、と暴れるほむらを抑えるのは苦労したけど。 ゴンドラは4人くらい普通に入りそうだったけど、坂城くんが「こういうのは二人じゃなきゃ!」と主張して、やっぱり2人ずつに別れて乗ることになる。 ほむらと坂城くん、穂刈くんとボクだ。 ドアが閉まると外のはしゃぎ声が少し遠くなって、穂刈くんが言うとおり最後でよかったなと思った。 何より、座ってくつろげるのがいい。絶叫マシーンだと座れても上半身はがっちり固定されて肩がこっちゃうから。 見上げると、ほむら達のゴンドラが見える。 窓越しなのに退屈そうに唇を尖らせているのがわかって、つい笑ってしまった。 「どうした?」 不思議そうに穂刈くんが尋ねる。たぶん向かいに座っているから、ほむらたちのゴンドラの中は見えないんだろう。 「ほむらは元気だなあって思って」 そう言って斜め上のゴンドラを指差す。 中は見えなくても観覧車に乗る前のほむらの様子で大体想像がつくのか、穂刈くんも納得したように頷いた。 「でもきっとそのうち揺らしだすと思うよ」 「……4人で乗らなくてよかったな」 それはボクも同感だった。 街の向こうにはかすかに海が見えた。もうちょっとゴンドラが上れば一望できるだろう。 「あ、あれひびきの高校じゃない?」 大き目の建物を指差す。 こうやって見下ろすと方角とかはよくわからないけど、グラウンドみたいなものも見えるし、学校だって事には間違いはなさそうだった。 「ああ、そうだな」 「先生たち、今もお仕事してるのかなあ」 「だと思うぜ。野球部の奴らが練習あるって言ってたし」 穂刈くんの剣道部はきっと今日は休みだったんだろう。真面目な穂刈くんがサボるとは思えないし。 「へえ……」 かすかな音を立てながら、ゆっくりとゴンドラが上昇する。 何を話したらいいかわからなくなってしまって、沈黙が重く感じられる。 なんだか急に苦しいような変な気分になった。楽しい一日もこれで終わりだからだろうか。 それとも、空はどんどん夕焼けの色に染まっていって、ゴンドラの中にはボクたち2人っきりだからかもしれない。 切ない、と思った。 「穂刈くん」 「ん?」 黙って景色を見ていた穂刈くんの目がこちらへ向く。 いつもは険しいというか引き締まった表情なのに、夕日に照らされていつもより優しく見える。 「今日は楽しかったよ。どうもありがとう」 「礼なら匠に言ってくれ。全部あいつが計画立ててやった事だから」 「でも、今日一日穂刈くんと一緒に遊べて楽しかったからさ」 「……そうか」 そう言って再び外を向いてしまった穂刈くんは耳まで赤くなっていた。 観覧車のゴンドラはそろそろ下り始めていた。 家の前のバス停で降りて、走って家に帰る。 別に急ぐ必要は全然ないんだけど、さっきまでの楽しかったエネルギーがまだ残ってるみたいで、発散させてしまいたかった。 庭先にもイルミネーションを飾っている家を横目に勢いよく走る。 「ただいまー」 返事は待たずに部屋に入る。夕飯の支度より先に着替えてしまいたかった。 そのついでに鞄の中身もすべて出して整理する。 お財布やそのへんで配られていたチラシに混じって、占いの館で貰った紙が出てきた。 さっきはゆっくり見れなかったなと思いながら改めて眺める。 ボクは几帳面で、逆境でもへこたれない前向きさがあるから、真面目で努力家な穂刈くんとは相性がいいんだそうだ。 こういう占いって、誰にでもあてはまるようなことを適当に言うんだって舞佳さんが言ってた。 確かに、性格の所を見ても当たってるようなところもあてはまらないようなところもある。 遊園地の占いロボットで「あなたたちは相性最悪です」なんて結果あるだろうか。 でももし、この紙に書いてある通り本当に穂刈くんとボクの相性がいいのなら、いつかまたこうやって遊びに出かける日は来るのだろうか。 ボクはため息をついた。 そんな事ありえない。だって、ボクは今の生活で精いっぱいだし、男の子と遊んだりなんて考えられない。 ボクは紙を再び丁寧に畳みなおして引き出しの奥深くにしまいこんだ。 ※この話は2007年以前に書いたものを2017. 1. 12に加筆修正しています。 一年目冬。 本当は主人公と匠のWデートなんですが、この話のコンセプト(っていうと偉そう)は「茜ちゃん攻略時の主人公の立場が純だったら」なので。 これを書いた当時、琉球号というお茶があってそれがすごくおいしくなかったみたいです。 (書いた当時の自分のコメントにそう書いてあった) 遊園地とかの紙コップの飲み物高いっていうのは実際自分が思ってることなんですが、こうやって文章にすると確かに貧乏くさいですね……。 BACK...TOP |