sleep,sleep,sleep...〜Side Yaten〜


珍しく眠れなかった。
一日中収録や何かに追われていたので疲れていない事はないはずなのだが。
眠らなければ。眠らなければ。眠らなければ。
努力の甲斐もなく目はしっかり開いたまま。
少し歩いてきた方がいいのかもしれないと
隣の部屋の大気を起こさないように音を立てないようにして部屋を出た。
元々家の外に出るつもりはなかったので、
自分の部屋から一番遠い防音室に向かった。
誰かを起こす心配はないと思うが
一応念のために防音室のドアも静かに開けて中に入る。
ドアから一番近いところに置いてあった
電源の入っていないキーボードの鍵盤を恐る恐る押す。音は出ない。
当たり前の結果に安堵しつつキーボードの前に置かれた椅子に腰をおろす。
「…………」
キーボードに立てかけられているギターを見てため息をついた。
それを普段使っている人の事を思ったからだ。
大気は口うるさく体調を万全に整えるように言っている。
夜天も星野も今まであまりまともに取り合っていなかったのだが、
この前夜天が寝不足で大遅刻、その日の収録もガタガタと言う事があった。
他の2人は最高のコンディションだったのに、だ。
そしてその日の夜、夜天は大気が「これで仕事が減ったら……」
と呟いてため息をついているのを見てしまった。
地球の芸能界なんて所のシステムなんて全くわからない。
もしかしたら全く心配しないでいいのかもしれない。
でもわからない。だから夜天は不安になる。
芸能界っていうのは夜天がやったような失敗だけじゃなくて
体調が悪かったりちょっと体重が増えたりするだけで
テレビに出られなくなるような所なのか。
もしそうだとしたら……歌も歌えなくなって。
プリンセスも永久に見つけられないまま――。
自分の想像に身震いして夜天は防音室を出た。
眠れる気はしなかったが、ベットに入っておいた方がよさそうだと思った。
が、廊下に出た夜天はどこからか聞こえる電子音に気がついた。
音のする方に行ってみると、星野がゲームに興じているようだった。
こっちは眠れなくて悩んでるって言うのに。
そう思うと無性に腹が立ってきた。
「星野!」
恐る恐ると言った調子で振り返った星野の元へつかつかと近寄る。
「お、お前どうしたんだよ。ちゃんと寝ないと大気に怒られ……」
「それは星野も同じ!」
「そう怒るなよ」
「怒りたくもなるよ、
こんな事してて明日の仕事に支障が出たらどうするのさ!」
「ちょ、そんな大声出して大気が起きてきたら……」
「もう起きてます」
「た、大気。それはよかった……なあ」
いつの間に起きてしまったのかと焦る夜天を尻目に
大気は呆れ返ったような表情で容赦なくゲーム機の電源を切ってしまった。
「あー……」
星野の悲痛な表情に、夜天はよっぽど自業自得だといってやりたかったが
夜遅くまで起きていたという点で自分も同罪なのでやめておいた。
「まったく、あなたがたは何をやっているんですか。
明日は早いからちゃんと寝ておくようにと言っておいたはずですよ?」
マグカップと皿に気がついたのか、大気は星野の方に向きなおった。
「それに星野! こんな時間に物は食べるなと
私は何度も言った覚えがあるんですがね」
「だって眠れなかったしさー……」
同じく眠れなかった夜天は身体を硬くして次の言葉を待った。
「眠れなかったからって……」
急に大気が黙り込む。珍しい事だ。
「大気?」
気分でも悪いのだろうか。心配になって夜天は声をかけた。
「……しょうがありませんね。じゃあ私がミルクティーを入れますから
それを飲んだらちゃんと寝てくださいよ?」
久しぶりに大気の笑った表情を見て夜天は心底ほっとした。
だからと言って悩みがなくなるわけではなかったが。
「どうぞ」
そう言って大気は夜天の前にうぐいす色の、星野の前に赤いマグカップを置いて
自分も腰をおろす。
「サンキュー」
「ありがと」
猫舌なのでゆっくりと冷ましながら飲んでいると急に星野が立ち上がった。
「もう飲み終わったの?」
「ああ。じゃ、2人ともおやすみ」
「ちゃんと歯を磨いて寝るんですよ」
「俺、もう子供じゃないんだぜ?」
星野の言葉がいつもの軽口と同じように捉えられず、夜天は表情を曇らせた。
――大気の忠告に従っていないとテレビに出られなく、歌えなく……。
「夜天」
顔をあげると大気がじっとこっちを見つめていた。
「な、なに」
しばらく無言が続く。
「……夜天が寝ていないのは珍しいですね」
しばらくしてから大気がぽつりと呟く。
なんとなく夜天は起きている事を責められたような気分になって立ち上がった。
「僕、そろそろ寝るよ。紅茶ありがとね」
「待ってください、夜天」
「だから何の用なのさ?」
内心びくびくとしながら返事をする。
「体調は大丈夫なんですか? 青い顔してますが」
「……大丈夫だよ」
そう言ったものの、夜天自身でさえ大丈夫だとは思っていなかった。
「本当にそうですか? 私にはなにか悩んでいるように見えますが」
「悩んでなんか……」
いるけど、と小声で続けた。
悩みを言った所でどうにかなるとも思ってはいなかったが、
言ってしまいたい気持ちだったのだ。
表情を見られたくなくて夜天はうつむく。
「この前、僕が寝坊した日に思い切り失敗したじゃない?
その日にさあ、大気が『これで仕事が減ったら』とか言ってるの
聞いちゃったんだ」
「それは……」
自嘲気味に夜天は続けた。
「だからちゃんと寝ないとまた失敗して仕事が減るのかなとか
仕事が減ったらプリンセスが見つからないのかなとか
見つからなかったら……っ」
ぽろぽろと涙がこぼれた。
大気にタオルで涙を拭いてもらいながら呟く。
「……ごめん」
「いいですよ別に」
タオルで視界が遮られて大気の表情がわからなくなった。
「先ほどのことですけど、私はあまり気にしなくてもいいと思いますよ」
どういう表情で言ったのかが気になったが、
夜天はそのままタオルに顔を埋めていた。
「芸能界というのはとりあえず売れてさえいればいいようです。
売れてさえいれば少しくらいの遅刻も許されます。
……といっても限度はありますが」
「売れていれば……」
大気の言葉を繰り返す。
「そうです。そして売れるにはどうすればいいか。
最高の歌を最高の歌い手が歌いきるんですよ。
私の作った歌が最高じゃないなんて言わせませんよ」
手に冷たい感触があったので見てみるとうぐいす色のマグカップだった。
「後は最高の歌い手が歌うだけです。……さ、それを飲んで。
そしてゆっくり眠りなさい」
そう言われて夜天はマグカップに口をつけた。
すっかり冷めてしまったはずのそれはなんだか暖かく感じた。
「じゃあ、部屋に戻りますよ」
急いで歩いたわけでもないのにすぐに部屋の前についてしまった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
静かな音を立ててドアが閉まった。

Side S+++++Side T






2番目に書き終わりました。

芸能界が実際どんなところだかは知りませんが
私の想像では売れてさえいれば何でもいいのかなーって感じです。
もし実際は違うのでしたらごめんなさい。

夜天くんは超神経質だという設定だそうなのですぐ悩み、
しかもその悩みを人に話さなさそうなイメージがあります。
話すとしたらメイカーさんくらいだろうというのは同人的思考でしょうか。
でも私だったらメイカーさんに話します。

それでは星野バージョンと大気さんバージョンも見ていってください。


BACK...TOP