sleep,sleep,sleep...〜Side Taiki〜 ――羊が5823匹、羊が5824匹……。 数えても数えても増えてゆくばかりの羊に大気はうんざりしてきたが、 明日の仕事も早いのだしと数え続ける。 ――プリンセスが5968人、プリンセスが5969人……。 違う。 苛々と枕を床に投げ捨てて大気は起き上がる。 だが部屋の外へ行った所で眠れるという保障もないので 起き上がったままの姿勢で目を閉じた。 6000匹以上に膨れ上がったであろう羊の事はもう考えずにそのままでいると 一日中聞き通しでいた自分たちの曲が頭の中に響いてくる。 「いまどこにいるの……か」 この詞を作った時だってすぐにプリンセスが見つかるとは思っていなかったが、 こうも見つからないと嫌になってくる。 狙い通りスリーライツもそのデビュー曲も大ヒット、 テレビにラジオに引っ張りだこの有名人気アイドルにはなれた。 自分たちの曲を「いい曲」だと言ってくれる人がいるというのも嬉しい。 だが、自分たちの曲はたった一人の女性、 プリンセスに聞いてもらわなければ意味がないのだ。 彼女に聞いてもらえるのなら誰にけなされたってかまわない。 なのに彼女の反応がないのは 声の届かない遠い所にいるという印なのか。それとも。 「私がまだ未熟者だって事ですか……?」 コンディションにもよるが、大気たち3人の歌は ちゃんとプリンセスへの思いが込められているはずだ。 それなのにプリンセスの返事がないと言う事は、 詞がまずいという事なのだろうか。 詞にこめられた思いが足りなくてプリンセスに届かないのだろうか。 布団に突っ伏して大気は泣きもわめきもせずにぼうっとそんな事を思っていた。 ふと、電子音がするのに気付いた。 更に耳を澄ませてみると人の話し声も聞こえる気がした。 なにをやっているのだろうと階下へ降りてみると 夜天と星野の2人が何か言い争っている様子だった。 「怒りたくもなるよ、 こんな事してて明日の仕事に支障が出たらどうするのさ!」 「ちょ、そんな大声出して大気が起きてきたら……」 「もう起きてます」 「た、大気。それはよかった……なあ」 愛想笑いを浮かべる星野と焦ったような表情の夜天。 心の中でため息をつきながら星野の目の前まで歩み寄って ゲーム機の電源ボタンを押す。 テレビ画面は真っ暗になってしまった。 「あー……」 「まったく、あなたがたは何をやっているんですか。 明日は早いからちゃんと寝ておくようにと言っておいたはずですよ?」 そこまで言った所で星野の脇に置いてあるマグカップと皿に気がつく。 「それに星野! こんな時間に物は食べるなと 私は何度も言った覚えがあるんですがね」 「だって眠れなかったしさー……」 言い訳がましく星野が言う。 「眠れなかったからって……」 眠れなくてどうしようもなかったのは自分も同じだ。大気は言葉を切った。 「大気?」 夜天が心配そうに見ている。 「……しょうがありませんね。じゃあ私がミルクティーを入れますから それを飲んだらちゃんと寝てくださいよ?」 ため息混じりに笑ってそう言うと2人は安堵したような表情を見せた。 手早く用意をしながら2人の方を伺うと 夜天がどことなく暗い表情をしているのに気がついた。 「どうぞ」 「サンキュー」 「ありがと」 うぐいす色のマグカップから紅茶をすする夜天を盗み見る。 最近夜天の歌声に元気がないと思っていたので大気は少し心配になりながら 自分も濃紺のマグカップから同じように紅茶をすすった。 「もう飲み終わったの?」 立ち上がった星野を不思議そうに夜天が見る。 「ああ。じゃ、2人ともおやすみ」 「ちゃんと歯を磨いて寝るんですよ」 「俺、もう子供じゃないんだぜ?」 星野はそう言って笑いながら去っていった。 「夜天」 先程よりも青い顔をしていた夜天に声をかける。 「な、なに」 声をかけたはいいがどう話を進めたものか迷ってしばらく大気は考え込む。 「……夜天が寝ていないのは珍しいですね」 やっと大気がそれだけ言うと夜天は怯えたように立ち上がった。 「僕、そろそろ寝るよ。紅茶ありがとね」 「待ってください、夜天」 「だから何の用なのさ?」 「体調は大丈夫なんですか? 青い顔してますが」 「……大丈夫だよ」 おおよそ大丈夫とは思えないような表情で夜天が言った。 「本当にそうですか? 私にはなにか悩んでいるように見えますが」 「悩んでなんか……」 いるけど、と小さな声で続けたので大気は危うく聞き逃しそうになった。 「この前、僕が寝坊した日に思い切り失敗したじゃない? その日にさあ、大気が『これで仕事が減ったら』とか言ってるの 聞いちゃったんだ」 夜天はうつむいていたのでどういう表情かわからなかった。 「それは……」 確かにそんな事があった覚えがある。 しかしまさかそれを聞いて気にしているとは思わなかった。 「だからちゃんと寝ないとまた失敗して仕事が減るのかなとか 仕事が減ったらプリンセスが見つからないのかなとか 見つからなかったら……っ」 夜天はうつむいたままだったが泣き出したのが手にとるようにわかった。 慌ててタオルで涙を拭いてやる。 「……ごめん」 「いいですよ別に」 拭ってやりながら大気は夜天に語りかける。 「先ほどのことですけど、私はあまり気にしなくてもいいと思いますよ」 夜天の体がぴくりと動いたが特に顔をあげたりはしなかったので そのままの姿勢で続ける。 「芸能界というのはとりあえず売れてさえいればいいようです。 売れてさえいれば少しくらいの遅刻も許されます。 ……といっても限度はありますが」 「売れていれば……」 ぼんやりと夜天が大気の言葉を繰り返す。 「そうです。そして売れるにはどうすればいいか。 最高の歌を最高の歌い手が歌いきるんですよ。 私の作った歌が最高じゃないなんて言わせませんよ」 大気は笑いながらそう言って、夜天のマグカップを手に持たせた。 言っているうちに自分の気持ちも晴れ晴れとしてきた。 「後は最高の歌い手が歌うだけです。……さ、それを飲んで。 そしてゆっくり眠りなさい」 おとなしく夜天は紅茶を飲んでいる。 「じゃあ、部屋に戻りますよ」 飲み終わった頃合を見計らって大気はそう言った。 眠くなってきたのか夜天は危なっかしい足取りだったので 転びやしないかと大気は心配になったが何事もなく部屋にたどり着いた。 「おやすみなさい」 「おやすみ」 羊はもう数えなくて済みそうだ。 最後に書き終えました。 羊を数えている大気さんがお気に入りです。 真面目っぽいのでプリンセスが乱入しなければ 一万匹は余裕で突破したでしょうね(笑)。 ライツの中ではメイカーさんが悩み相談に向いていそうな イメージがあるんですよね。 大人だし色々経験積んでそうだし(この2つは同義では)。 なのでなんか年中悩んでそうな 夜天くんとのコンビにしちゃうのかもしれません。私の場合。 ……どうでもいいけどこれじゃ夜天くん主役っぽくないですか。 大気さんの悩みがおざなりになってしまったような。 く、悔しい……。 それでは星野、夜天くんバージョンもよろしくお願いいたします。 BACK...TOP |