空の色と桜の花


 うちの学校の校長先生は晴れ男なんだと、いつだったか忘れちゃったけれどほむらが言っていた。
 だから校長先生が就任してからずっと、イベントのたびに快晴なんだそうだ。
 今年の入学式も気持ちいいくらいに晴れている。
 ボクはすかっとした青い空を見上げて伸びをした。


 学校に来てみると、なんだかさわがしい。
 周りの人の話を聞いてみると、ヘリでひびきの高校に登校してきた新入生がいたらしい。
 それはぜひ見てみたかったけど、どうやらその子はもう教室に行ってしまったみたいだ。
 ボクはあきらめて、まっすぐ体育館へ向かうことにした。
 うちの学校は毎年クラス分けがあるから、まずはクラスを確認しないといけない。
 真新しい制服の間を縫うようにして歩く。
 まだ入学式が始まるまで時間があるということで、教室に入らないで喋ってる子もたくさんいる。
 胸に花をつけた新入生は、興奮して喋ってる子も、緊張したようにきょろきょろしてる子も、みんな初々しい。
 その中を着古した夏服で歩くのはちょっと恥ずかしかった。
 去年の入学式もなんであの子だけ夏服なんだろう、みたいな目で見られたけど、一年経ったぶん制服も古くなってると思うし余計に視線が気になる。
 新入生の視線が気になっていないふりをしながら、クラス分けの紙が貼ってある体育館に飛び込んだ。
「い、い……」
 出席番号が早いとこういう時に楽だ。このクラスに自分の名前があるかどうか、一目でわかるから。
「あった!」
 さっそく名前を見つけてほっとする。
 担任の先生の名前は授業は受けたことがないけど見覚えがある。
 いつのだったかは忘れたけど、お兄ちゃんの担任だったことのある先生だ。
 お兄ちゃんの事を知っている先生が担任なのって、少し緊張する。「総番長の妹」という事で変に思われたりしなければいいけど。
 少し憂鬱になったけど、気にしていても仕方ないし、他のクラスメイトの名前も確認する。
 まっさきに穂刈純一郎、という名前を見つけて嬉しい気分になった。
 他には、坂城くんもいるみたいだ。あと、ボクは話したことがないんだけど、穂刈くんと坂城くんと仲良くしている男の子も同じクラスみたいだった。
 ほむらが一緒のクラスならいいなと思ってたんだけど、別のクラスだった。
「茜ちゃん」
 声のした方を向くと坂城くんがにっこりして立っていた。
「同じクラスみたいだね、よろしく」
「こちらこそよろしく」
 愛想よく微笑みながら坂城くんがシステム手帳を取り出す。
「で、それはそうとさ……スリーサイズとかって変動あった? 特に胸のあたりとかさ。誰にも言わないからさ、教えてくれないかな?」
 いつものことだけど、坂城くんは顔はかわいいのに言うことがひどい。
 別に睨もうと思ったわけじゃないんだけど、自分の顔が険しくなったのはわかった。
「…………」
 坂城くんはちょっと怯えたように後ずさりした。
「冗談だよ、嫌だなあー」
 でもボクは、坂城くんが他の男の子にこうやって集めた女の子の情報を流している事を知っている。
「どうせボクの情報なんて、知りたがる人いないでしょ? 集めたって無駄だよ」
「そんなことしてないよ、ただ俺が個人的に知りたくて聞いてるだけだよ」
 坂城くんはそう言ってさらににっこりした。
「それじゃ俺は他の子にも挨拶してくるから」
 手を振って坂城くんが後から来た女の子のグループの方に歩いていくのを見送る。
 なんだか大変な一年になりそうだ。


 指定された教室に入ると、すでに穂刈くんは席に座っていた。
 クラス替え直後のにぎやかな雰囲気とは裏腹につまらなそうな顔をしている。
 ボクは自分の席にカバンを置いてから穂刈くんの席に向かった。
「やあ、穂刈くん。おはよう」
 急にボクが目の前に立って、少し驚いたみたいだったけれどすぐに微笑んでくれた。
「おはよう。今年は一文字さんも同じクラスなんだな」
「そうだよ。一年間よろしくね」
「よろしくな」
 会話はいったんそこで途切れちゃったんだけど、まだ先生が来るまで時間がある。
 ちょうど穂刈くんの前の席の人も廊下でほかのクラスの子と話してるみたいだし、ちょっと椅子を借りることにした。
「ねえねえ、穂刈くんはやっぱり春休み中も部活やってたの?」
 春休み中はボクもバイトを多めに入れていたから正確に把握してるわけじゃないんだけど、木枯らし番長は夏休みほど熱心に指導に行っていないような雰囲気だった。
 でも、久々に見たせいなのか、穂刈くんの体は前よりもがっしりしてきた気がする。
「ああ。春になったら俺たちも先輩になるし、情けないところは見せられないだろ」
「そっか。運動部って大変だよね」
 ボクなんかは部活やってないからわからないけど、やっぱり運動系の部活というのは上下関係もあるし、下級生にかっこ悪い姿は見せられないものなんだろう。
 特に剣道部なんて、体だけでなく精神も鍛えるような所だ。いろいろ大変なんだろうな。
「でも、春休み中ボクのバイト先にあんまり来てくれなかったよね」
 わざと責めるようにそういうと、穂刈くんは気まずそうに目をそらした。
「う……すまん。先輩の食べたいものを優先してたから、つい」
 別に本気で怒ってるわけじゃなかったから、穂刈くんの申し訳なさそうな顔に笑ってしまう。
「ごめんごめん、冗談だよ。でも、お店に来てくれたら大盛りサービスするんだからさ。また近いうちに来てくれるとうれしいな、ボク」
 穂刈くんはほっとした顔で頷いた。


 入学式の三日後、さっそく穂刈くんは坂城くんと一緒に来てくれた。
 穂刈くんは部活の帰りみたいで制服姿だったけど、坂城くんは私服姿だ。
 きっと一度家に帰ってから来たんだろう。わざわざ待ち合わせしてたのかな。
「あ! いらっしゃーい」
 席についた穂刈くん達にメニューを渡す。
「坂城くんが一緒なんて珍しいね。どうしたの?」
 おしぼりで手を拭きながら坂城くんが答えた。
「ああ、今日は俺の両親出かけてるんだ。それで夕食は適当に食べてこいって言われてるから」
「穂刈くんと待ち合わせしてたわけじゃなかったんだ」
「うん。俺が男と待ち合わせすると思う?」
「…………」
 本当になんで坂城くんと穂刈くんって友達やってるんだろう。
 でも、穂刈くんは慣れてるのか、坂城くんの発言を気にした様子もなくメニューを見ている。
「それにしても、親が出かけちゃうなんて大変だね」
 話題をかえようと思ってねぎらいの言葉をかけた。
 きっと坂城くんの親はボクの家みたいにずっといなかったりすることはないだろうし、外食費を置いてってくれるんだからボクよりはずっと恵まれているとは思うけど。
「別に? 慣れてるから。……んー、でも茜ちゃんが俺のためにお弁当作ってくれたら嬉しいな。明日の夜帰ってくるんだよね、うちの親」
 そう言って坂城くんが上目づかいでにこっと笑う。
 たぶん、こういう笑顔に他の女の子たちは喜ぶんだろう。
「坂城くんいつも学食じゃない」
 去年はクラスが違ったけど、ほむらに付き合って食堂に行くとたいてい坂城くんを見かけたような気がする。
 そのたびにいろんな女の子に囲まれていた。
「だから潤いが欲しいんだよ。女の子の手作り弁当……はあ、いいなあ……」
 坂城くんがうっとりした様子で呟く。どうやら本気で食べたいらしい。
「でもボク、先輩とかにお弁当食べさせてもらってるの見たことあるけど」
 しかも、鳥の餌付けみたいに卵焼きだとかから揚げだとかをお箸でつまんで口に入れてもらっていたのだ。
 ボクがそれを指摘しても、坂城くんは平気な顔だ。
「それはそれ、これはこれだよ。茜ちゃんのお弁当、食べたいなあ。ダメ?」
「ダメっていうか……」
 実際、ボクは毎日自分の分のお弁当は作っているし、おかずだってまとめてたくさん作っているから坂城くんの分に回したって問題はない。
 こうやって頼まれ続けると別に断る理由はないような気になるんだけど、坂城くんのペースに巻き込まれるのも抵抗があった。
 ボクが口ごもっていると穂刈くんがため息をついた。
「匠、いきなりそんな事を言われて一文字さん、困ってるじゃないか。それに一文字さんはバイト中なんだぞ」
「そうだけどさ。……あ、じゃあさ、今度の日曜日お花見しない? で、茜ちゃんがお弁当担当。純も来るよな?」
 なにがじゃあなんだろうか。結局ボクがお弁当を作るのは変わらないみたいだ。
「……花見をするとして、俺たちは何するんだ? 一文字さんだけに仕事押し付けるのは不公平だろ」
「俺は計画立てる係」
 穂刈くんはあきれた顔をしながらボクの顔を見上げた。
「一文字さん、嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぜ。こいつ、勝手に話進めるから」
「あ、うん……」
 こちらを気遣うように穂刈くんが声をかけてくれるから、少し落ち着いて考えることができた。
 急にボクがお弁当作ってっていう話になるからついていけなかったけど、中央公園でお花見だったら楽しそうだ。
 せっかく同じクラスになったんだし、遊びに行くのもいいかなって思った。
「いいよ。ボク、お弁当作るからお花見しようよ」
「いいの?」
 坂城くんが嬉しそうな顔になる。
「うん。そのかわり、お菓子とか紙コップとかは坂城くんたちで用意してよね。お弁当はボクが全部作るんだからさ」
「オッケー。純、よろしくな」
「……わかった」
 話もひと段落したし、そろそろ料理を作らないといけないので注文を取って厨房に戻ると、おじさんが嬉しそうにこっちを見ていた。
 今はすいているとはいえ、長話をしてたから怒られるかと思ってたからほっとしてボクも笑い返す。
「茜ちゃん、楽しそうだね」
 返事の代わりにふふふ、と笑いが洩れた。
 お花見なんて久々だ。本当、楽しみだ。


 もしかしてボクは雨女だったのかもしれない。
 起きて外を見たら、明け方に雨が降ったみたいで地面は水浸しだった。たぶん中央公園なんて、ぬかるんでもっとひどいことになっているだろう。
『……今日の花見、言わなくてもわかってると思うけど……』
 残念そうに電話をかけてきてくれた坂城くんにお礼を言って受話器を置く。
 重たい雲が覆っている空と同じくらい、ボクの気分までどんよりしてきた。
 昨夜見た天気予報は全然悪くなかったのに、ボクが寝てる間に強い雨が一気に降ったみたいだ。
 今は勢いは弱まっているけど、細かい雨は降り続いている。
 こんなことになるなんて思ってなかった。
 冷蔵庫を開けて、下ごしらえを済ませてしまったお弁当の材料を恨めしい気持ちで眺める。
 お花見は中止になってしまったとはいえ、このまま放っておくのはしゃくだった。
 どちらにしてもこれをお昼ごはんにするつもりだったんだから、料理はしてしまわないといけない。
 まずはから揚げだ。昨日のうちに味付けまでしておいた鶏肉に衣をつけて、高温の油に次々入れる。
 普段はそんなことは全然思わないんだけど、油の中で水分が蒸発していく音がまるで雨の音みたいに聞こえて、やっぱりボクは落ち込んだ。
 気を取り直して、卵を割って溶く。
 卵焼きは毎日作っているから何も考えなくても作れる。
 熱した卵焼き器に卵を流し込んで、菜箸を使ってきれいに巻く。その下にまた卵を流し込んで、巻く。
 いつも通りの手順で動いているうちに、なんだか気持ちが落ち着いてきた。
 次はおいなりさんだ。炊いていたご飯を飯台に移して、合わせておいた寿司酢を混ぜる。
 そして、昨日のうちに煮ておいた油揚げに冷ました酢飯を詰めていく。
 無心で作業できたのが良かったのか、用意していた油揚げを全部使い切ったころには、気持ちがすっきりしていた。
 外を見たら雨は上がっているみたいだった。空にはまだ雲がたくさん出ていたけれど、もう降らないんじゃないだろうか。
「うーん……」
 寿司酢まみれになった手を洗いながら考える。
 1人ででもいいからお花見に行こうかな。
 お兄ちゃんとか、四天王がいれば家で食べても楽しかったんだろうけど今日は誰もいない。
 それに、せっかく作ったお弁当が日の目を見ないのは、やっぱりもったいない気がした。
 曇り空でも桜は綺麗だろうし、1人で公園に行くんならベンチだって座るスペースはあるかもしれない。
 ボクは作った料理を全部お重に詰めて、中央公園に向かう事にした。


 予想通り、中央公園は日曜日だというのに人はまばらだった。
 足元では泥がぐちゃぐちゃと音を立てる。その音を聞くたびにいったん前向きになった気持ちが沈んでいった。
 なんで来ようなんて思っちゃったんだろう。
 ボクは咲いている桜を見上げる。
 桜はやっぱりきれいだけど、曇り空が背景だとなんだかくすんで見える。
 それに、ボクはもともと1人でもお花見を楽しめるような風流な人間ではなかった。
 みんなと一緒だったらここに植わっている木が桜だろうが松だろうが、なんでも楽しかったのに。
 ボクはひとつ、ため息をついた。
 公園内に置かれているベンチは誰も座ってなかったけど、雨に濡れて冷たそうだ。
 それは予想していたからタオルも用意してたんだけど、そこに座って食べようという気持ちはとっくに消えていた。
 どうしようか。ほむらの家にでも行こうかな。
 こんな天気だったらきっと家でゲームしてるだろうし、ほむらだったら全部おいしく食べてくれるだろうし。
 なんて考えていたら、突然背後から声をかけられた。
「どうしたんだ? こんな所で」
 振り向くと、穂刈くんが立っていた。
「…………」
 どうしてもお花見がしたかったんだ、なんてバカみたいで言えなかった。
 こんな天気だし、なんだか自分がすごく張り切ってたみたいで。
 お重を入れた紙袋がずっしりと重く感じる。
「穂刈くんこそ、どうしたのさ」
 ちょっととげのある声になってしまったかもしれない。やつあたりだ。
 穂刈くんは少し困ったみたいに眉を下げた。
「俺は花見が中止になってやる事がなくなったから……雨も止んだし散歩でもしようかと思ってさ」
「そっか」
 それだけ相槌を打つ。散歩には場違いな紙袋を持っているのが見えているはずなのに、追及されないのがほっとした。
 ボクたちはそのまましばらく無言で桜並木を見上げた。
 さっきまではくすんで見えた桜の花が、穂刈くんが横にいるだけでやけに綺麗に見えた。
 胸がじわりと温かくなって、きゅーっと締め付けられるような感じだ。涙が出そうになる。
 花を見て切なくなったのなんて生まれて初めてだ。
「桜、綺麗だな」
 穂刈くんがぽつりとつぶやく。ボクもさっきよりずっと素直な気持ちになって頷いた。
「うん、ホントだね」
 ため息が出たけど、それはさっきとは違うため息だった。
 空はまだ曇っていたけど、今度こそボクの気持ちは晴れてきていた。
「ねえねえ、穂刈くん。ボク、お弁当持ってきてるんだ。どこかで一緒に食べよう?」
 そう言って紙袋を持ち上げてみせる。
 2人で食べるっていうシチュエーションのせいか、穂刈くんは少し顔を赤くして悩んだ様子だったけど、最終的には遠慮がちに頷いてくれた。
「ああ、いいぜ」
 どこで食べようか、と穂刈くんは眼鏡越しにボクに優しい視線を向ける。
 穂刈くん。
 ……一年間、よろしくね。


...





※この話は2007年以前に書いたものを2016. 11. 9に加筆修正しています。

 クラス替えとお花見デート(?)。
 次はWデートです。主人公登場編。


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