SMILE


 手帳を開くと、写真の中の純くんと目があう。
 小樽運河を背景にして、緊張しすぎてまるでこっちを睨んでいるみたいな顔で立っている。
 そしてその隣には満面の笑みのボク。
 2人きりで写っている姿を眺めてると、去年はよかったなあ、なんておばあちゃんみたいな事を考えてしまう。去年なら純くんと同じクラスだったからこの修学旅行の時みたいに一緒に行動するのも簡単だった。
 でも、3年になってクラスが分かれた今は全然だ。
 席替えの時に真剣にお祈りすることも、国語の授業のときにあと何人で純くんに朗読の順番が回ってくるのか数えてドキドキすることもない。
 お休みの日に遊びに行くって言ったってボクはバイト、純くんも部活があって実はけっこう予定が合わない。
 運が良ければ一緒に帰れる時もあるけど、まだまだ話し足りない。
 いつもそう思ってるせいか、夕ご飯の後片付けが済んだ後に自分の部屋で純くんの写真を眺めるのが、気が付いたら日課みたいになっていた。
 それで今日もいつもみたいにベッドの上に座って手帳を開いてたら、急に部屋の扉が開いた。
「茜ー! 遊びに来たぞー!」
「ほ、ほむら!」
 お兄ちゃんじゃなくてよかった。覆いかぶさって手帳を隠してたボクはほっとして体を起こした。
 もし今入ってきたのがお兄ちゃんで、万が一写真が見つかったりなんかしちゃったら、純くんにリンチとかなにかひどいことをしちゃうかもしれないし。
 ほむらの方はそんなボクの事なんて全然気にしてない様子で勝手に部屋の窓を開けて、体を乗り出して涼んでいる。
 たぶん走ってきたんだろうな。家から持ってきたらしいおせんべいの大袋もぐちゃぐちゃだ。
 危ないよって声かけてもいいんだけど、たぶんボクの言う事なんて聞かないだろう。
 ほっといてお茶でも用意しようかなって立ち上がったところでほむらが振り返った。そしてボクの前に置かれた手帳に目をやる。
「また穂刈の写真見てたのかよ。よく飽きねえなあ」
 しょっちゅうこうやって急に遊びに来るからもうとっくにボクの日課もばれちゃってる。それでも、指摘されると恥ずかしいのには変わりない。
「いいでしょ、別に」
 そっけなく返事をするとほむらは拗ねたみたいに唇を尖らせた。
「そりゃあたしには関係ないけどさあ……でも、どうせいつものこーんな顔した写真だろ?」
 そう言いながらほむらはわざと大げさなしかめっつらをしてみせた。それで純くんの真似してるつもりなんだ。
 挑発だってわかってるけどやっぱり面白くはない。ボクはほむらを睨みつけた。
「純くんはそんな変な顔じゃないよ! あんまり失礼なこと言ったら追い出すからね、ボク」
「ちぇっ……」
 ほむらはしゅんとした様子で床に座ったけど、納得はいってないみたいだ。
「でもさ、本当にこんな顔の写真見てて楽しいのか? 普通は写真に写るときってもっと楽しそうな顔するもんだろ?」
 本当に不思議そうに聞かれてちょっと言葉に詰まってしまう。
 修学旅行の思い出もあるし、ボクとしてはこの写真はすごく気に入ってるつもりでいたんだけど、どうしてだろう。なんだか今言われた事が心のどこかにひっかかる。
「で、でもでも、純くんはそういう人でしょ。それにいつもへらへらしてるよりはいいと思うな、硬派でさ」
「そんなもんかぁ? ……ま、確かにあたしも穂刈が笑ったところ見た覚えないもんな。しょうがないか」
 何回か頷いて、写真についてはもうどうでもよくなったみたいだ。ほむらは持ってきたお菓子を食べ始めた。
「ほら、茜も食っていいぜ」
「うん……」
 ほむらが差し出してきたおせんべいを、ボクは大きな音を立てて噛み砕いた。


 何度も言うみたいだけど、修学旅行は文句なしに楽しかった。
 例の写真を撮った小樽観光の日だってそうだ。
 この日はもともとクラス単位で回る事になってたから、ボクもみんなで遊覧船に乗ったりコップ作りなんかを楽しんでた。そしてひと段落した頃合いになって、クラスメイトたちからはお土産屋さんを回りたい、って話が出てきた。
 確かに、小樽はひびきのとは違った雰囲気の町並みでいろんなお店も並んでて、ついついなにか欲しくなっちゃう気持ちはわからなくもない。
 ガラスの小物もオルゴールもロマンチックだとは思う。
 だけど、別に他の子のお金の使い方にケチつけるわけじゃないけど、やっぱり実用的じゃないものにお金を出すのってバカバカしい。だったらボクは狭いお店の中にいるより外の空気を吸っていたい。
 それで1人で外で時間つぶそうとしたら、純くんもお土産には興味ないからってついてきてくれることになった。
 修学旅行中に2人で行動するなんてみんなに変に思われるかなってのはちょっと考えた。だけど純くんとはそれまでも何回か遊びに行ったことがあったし、知らない街に1人じゃ心細いしで結局は嬉しい気持ちの方が大きかったのを覚えてる。
 そのまま適当にぶらぶらしてるうちに運河のあたりにたどり着いて、修学旅行の写真を撮ってるカメラマンの人に見つかって、写真撮ってあげる、って声をかけられた。
 ボクはせっかくの小樽だし撮って欲しいなって思った。でも純くんは最初は必死になって断ろうとしてたっけ。ちょっと急いでるから、とか言い訳つけたりして。もちろん集合時間にはまだまだ余裕があったから、単純に一緒に撮られるのが恥ずかしかったんだと思う。
 それでしょうがないからボク1人で撮ってもらうねって言ったら、やっとそこで決心ついてみたいで一緒に写ってくれることになった。だったら最初からそうすればいいのに。
 そんな風にわざわざ撮ってもらった写真でも、いざ修学旅行が終わって、販売用に写真が貼り出されたのを見た時はやっぱりちょっと照れくさかった。
 予想はしてたけど、純くん、坂城くんにかなりからかわれてたし。
 それでも、結局は撮ってもらってよかったって満足してる。写真を眺めてると幸せな気持ちになれるから。
 ほむらが帰って静かになった部屋で、ボクはまた手帳の写真が挟んであるページを開いた。こっちを睨むみたいな純くんの顔。
 もちろんボクはほむらよりずっと純くんと接する機会が多いから、いつもこんな顔じゃないってのはわかってる。
 やっぱりまだ緊張した様子は抜けないでいるけど、もう何回も遊んだりしてるから、修学旅行の時よりも今の方がリラックスしてくれてるはずだ。
 だから、ああやって笑われると悔しい気持ちになった。もっと素敵なんだってわかってもらいたい。
 純くんが笑顔で写ってる写真が欲しい。それも、ちゃんとしたツーショット写真で。
 そうは言っても、2人で写真を撮るってどうしたらいいんだろう。
 ベッドに寝転びながら悩んでいるうちに、気が付いたらボクは眠ってしまっていた。


 寝ている間にいい考えが浮かべばよかったんだけどそんなことはなくて、次の日学校に着いてからもボクは悩んでいた。
 修学旅行みたいな学校行事と言えば、ちょうど来月は体育祭がある。でも体育祭はみんなが一緒のグラウンドにいるし、こないだみたいにうまく2人で撮ってもらう機会を作るのは難しそうだ。
 運よく撮ってもらえたとしても、みんなに冷やかされちゃって結局今持ってる写真と同じ感じになっちゃいそうだし。
 他に写真を撮る機会って言ったら遠出した時だろうか。遊園地とかに行くと結構みんな写真撮ってて、ボクもシャッターを頼まれることがある。
 でも、たった一枚の写真のために使い捨てカメラとかフィルムとか買うのは気が進まない。ポラロイドカメラみたいなものも持ってないし。
 舞佳さんに相談してみようかな。舞佳さんだったら顔も広いし、なにかいい情報を教えてくれるかもしれない。ここのところバイトで忙しいみたいでなかなか会う機会がないけど。
 そうだ、もし舞佳さんに相談に乗ってもらうならお兄ちゃんの予定も確認しておかないといけない。家に呼んで鉢合わせしちゃったらこの計画がばれちゃうかもしれないから。
 そんな事ばかり考えながら廊下を歩いてたら、曲がり角で陽ノ下さんとぶつかってしまった。
「あっ、ごめんね一文字さん、大丈夫?」
「そんな、ボクの方こそごめんね。全然前見てなかったよ、ちょっと考え事しててさ」
「そうなんだぁ。バイトの事とか?」
 陽ノ下さんとは特別仲がいいってわけじゃないけど、去年は純くんの友達も交えて四人で遊園地で遊んだこともある。
 相談してもおかしくないかもしれない。
「ううん、そうじゃないんだ。……じゅ、純くんの事なんだけど」
 ここまで言っただけで顔がほてってきた。こうやって改まって恋の相談するのって結構恥ずかしい。
 そんなボクとは逆に陽ノ下さんは目を輝かせている。興味津々って感じだ。
「なになに、どうしたの?」
 その表情に引きずられるようにして昨日から悩んでたことを話すと、「そっかぁ、穂刈くんとうまくいってるんだね」とにこにこして言われた。うまくいってるって付き合ってるんでもないのによくわからないけど、なんだか嬉しい。
「へへ、そうかな」
「そうだ! 写真だったら、プリクラはどうかな? 私もこの前琴子と買い物に行った帰りに撮ってきたんだぁ」
 そう言って陽ノ下さんはポケットから手帳を出してプリクラを見せてくれた。
 にぎやかなフレームに囲まれて陽ノ下さんも水無月さんも楽しそうに写ってる。
 たしかに、これだったらわざわざカメラを持ってったりとか知らない人にシャッターを頼んだりしなくていいから誘いやすいかもしれない。
 ゲームセンターには普段行かないからそのために誘うってのはやっぱりちょっとドキドキするけど。
「ありがとう、陽ノ下さん。頑張るよ、ボク!」
 ボクは気合を入れてそう宣言した。


 陽ノ下さんと話した次の休み時間には早速純くんを誘って、中央公園に行く約束を取り付けた。
 本当はゲームセンターに近いところに誘った方がよかったのかもしれないけど、カラオケはこの前行ったばかりだったしボウリングで張り切りすぎて写真を撮る前に汗かくのも嫌だったし。
 そうして迎えた日曜日は少し曇ってるけど風も強くないしちょうどいい天気だ。
 お皿洗いを終えて着替えてから、いつもより念入りに部屋の鏡で変な所がないかチェックする。
 それでボタンが取れかかってるのに気付いて付け直してると、部屋の前を歩き回ってる足音がするのに気付いた。お兄ちゃんだ。
 朝ごはんの時に今日は何か用事があるのかって聞かれて、もちろん純くんと遊びに行くなんて言えるはずがないから「ちょっと出かけてくる」ってごまかした。きっとそれが逆に怪しいって事なんだろう。
 でも、ボクだって別にやましい事するわけじゃないんだしこそこそしたくもない。正直に言うのが一番いいに決まってる。そうしないのは本当の事を言ったらお兄ちゃんが邪魔してくるからだ。
 お兄ちゃんの足音はまだ響いている。きっと入るタイミングを探ってるんだ。
 イライラしてきたボクは針を動かす手を止めて立ち上がり、そのまま勢いよくドアを開ける。お兄ちゃんは急にボクが出てきたからたじろいで後ずさりした。
 それでも兄の威厳ってやつがあるのか、重々しく口を開いた。
「あ、茜。今日はどこに出かけるんだ。俺に言えないような……」
 仁王立ちするお兄ちゃんは威圧感があるけど、だからって引き下がるわけにはいかない。ボクだって今日は絶対純くんとプリクラ撮るんだって決めてるんだから。
 絶対負けないって気迫を込めてお兄ちゃんを見据える。
「お兄ちゃん。ボクは今日は大事なデートなの。邪魔したら一生お兄ちゃんの事許さないよ、ボク!」
「デ、デートだと……」
「あっ……」
 本当はデートだなんて言うつもりなかったのについうっかり言っちゃって、お兄ちゃんもショックを受けた顔だ。
 でも、ボクの剣幕に負けたのかそのままうずくまってる。それ以上何か言ったりはできないみたいだ。お兄ちゃんには悪いけど暴れられなくてよかった。
 あまりもたもたしてるとお兄ちゃんがまた立ち直って騒ぎ出すかもしれないから、急いで途中だったボタン付けを終わらせて家を出た。
 約束の時間には遅れてないはずだけど、中央公園に行ったらすでに純くんが立って待っている。
 そういえば、待ち合わせで純くんに待たされることってほとんどない。真面目だから時間にも正確なんだって思ってたけど、もしかしたらそれだけじゃないのかもしれない。
「ごめんね、待った?」
 あんなに確認したのに、結局出かける前にばたばたしちゃったから服装が乱れてないか不安だ。
 トイレに寄れればいいんだけど、会って早々そんな事言うのはムードがない。
 ボクは何度も自分の髪の毛を撫でた。せめて髪だけでもボサボサじゃないようにしたい。
「い、いや、俺も今ついたばかりだから」
 でも、ボクが自分の格好に気を遣ってもそうじゃなくても、純くんはボクの姿をろくに見ないで目をそらしてしまう。
 待ち合わせした直後はいつもそうだ。
「とりあえず並木道の方に行こうよ」
 まだ目が合わない純くんを促して公園に入る。中には芝生の上とかでお弁当食べてる家族がちらほらいて、今日は母の日だったって思い出した。
 純くんの家はお花屋さんだ。ボクは両親とも家にいないからすっかり忘れちゃってたけど、本当なら今日は大忙しのはずだ。
「ねえねえ、母の日だよね、今日って。おうちの手伝いとかなかった? 遊びに行って怒られたりとかしない?」
「あ、ああ。一応、ここに来る前にもできるだけ手伝いはしてきたから。姉貴に帰りに甘いもの買って来いって言われたくらいだな」
 純くんのお姉さん。
 純くんはお姉さんにボクと遊びに行くことをどういう風に言ったのかなってちらっと考えたけど、お兄ちゃんの顔を思い出して腹が立っちゃいそうだからそれ以上考えないようにする。
「やっぱり毎年忙しいの? 去年はどうだった?」
「い、いや、去年は……」
 言いづらそうに口ごもってるのはなんでだろう。
 ちょっと考えて、去年の母の日はちょうど陽ノ下さんを交えて純くんと初めて遊園地に行った日だったってことに気付いた。すっかり忘れてたのも純くんに悪いし、ちょうど一年って意識しちゃうと恥ずかしくて汗がにじんでくる。
「ご、ごめん。なんだか毎年邪魔しちゃってるね、ボク。来年はボクが純くんの家のお手伝いしないと駄目だよね」
「ら、来年……」
 震える声で復唱される。勝手に来年も一緒にいるつもりだなんて、ずいぶん大胆なことを言ってしまった。言い訳したいけどこれ以上喋ってもさらに変なこと言っちゃいそうだったし、しばらく黙って歩く。
 そんな感じでちょっとぎくしゃくする場面もあったけど、歩いているうちに純くんの表情もほぐれてきた。
 横を歩く純くんの顔を見上げながら、ボクは例の写真の事を思い浮かべる。
 あれはあれで大事だけど、やっぱりこういう表情の純くんの写真が欲しい。
 そんな事を思いながら歩いているうちに一通り中央公園を歩き終わって、出口に来てしまった。いつもならここで帰ることになってしまう。
 だけど、今日はこれからゲームセンターに誘うんだ。心臓がどきどきしてきた。
「あ、あの、ちょっと待って」
 いつもみたいにボクの家の方向へ送ってくれようとするのを引き止める。
「ボ、ボク、今日はちょっと買い物があるから駅前の方に寄りたいんだ。少しだけ付き合ってもらえないかな」
 ストレートに「プリクラ撮りに行きたい」って言うのは抵抗があった。
 だから陽ノ下さんたちが買い物帰りにふらっと寄ったみたいに、偶然そこに機械があるから撮ってみよう、みたいに誘うつもりだった。
 純くんはそんな思惑があるなんてわかるわけないから「わかった」って頷いてくれたけど、ボクが歩き出す方向を見てきょとんとした顔になった。
「買い物に行くんだろ? 商店街の方じゃなくていいのか?」
 商店街とゲームセンターはひびきの駅をはさんで反対の位置にある。純くんが疑問に思うのも当然だった。
 でもボクはそこまで深く考えて計画してたわけじゃないしうまい言い訳も思い浮かばない。なんだか焦ってしどろもどろになってしまう。
「う、うん。夕ご飯の材料とかじゃないから……」
 適当に言葉を濁しながら急いで歩く。
 純くんもそんな説明で納得するわけはないと思うんだけど、それ以上は追及しないで着いてきてくれた。ボクがずんずん歩いていくからそうするしかなかったのかもしれない。
 そんな感じでお互い無言のまましばらく歩いたらようやくゲームセンターが見えてきた。写真を撮るまであともう少しだ。無意識のうちに体に力が入る。
「ねえねえ。よ、よかったら、一緒にプリクラ撮らないかい。せっかくそこにゲーセンあるし、今まで一回も撮ったことないしさ、ボク」
 用意してたセリフを一気に言うと、思った通り純くんは真っ赤になった。
「お、俺とでいいのか?」
 口に出して言うのは恥ずかしいけどいいに決まってる。そのためにわざわざこっちまで来たんだし。
 ボクは何度も首を縦に振った。
「じゃ、じゃあ撮るか」
 ゲームセンターの中に一歩入ると、うるさいくらいのゲームの音とこもった空気に包みこまれる。ほむらもだけど、こんな所に通う人の気がしれない。
 でも、そんなことより今日はプリクラだ。ボクは早く撮らなきゃって思いながら機械の方に向かった。
「け、結構並ぶもんなんだな」
 日曜日の夕方だからか、ボクたちと同じように遊んだ帰りにちょっと寄ってみましたって感じの人が並んでいる。
 プリクラのために並ぶのはともかく、目の前で並んでるカップルがすごくいちゃいちゃしてるのだけはどうにかしてほしかった。
 体をこすりつけるみたいに寄り添ったり、ほとんど相手の耳に口をつけるようにしてささやきあったり。人前でそんなにべたべたするなんて恥ずかしくないんだろうか。ただでさえ純くんと一緒で緊張してるのに、目のやり場に困ってしまう。
 純くんも落ち着かないみたいで顔を赤くして視線をきょろきょろさせている。
 せっかくプリクラ撮りに来たのにこんなんじゃまたほむらにからかわれちゃう。
「じゅ、純くんは体育祭なにに出るの?」
 さっきみたいにおしゃべりしたら少しは気がまぎれるかなって思ったんだけど、音がうるさくてなかなかお互いの声が聞こえない。いつもより近づかないと全然だめで、これじゃボクたちも前のカップルと同じように見えるんじゃないかって心配になる。
 そのうえ、ようやく順番が回ってきてこれで一安心だと思ってカーテンの仕切りの中に入ってみたら思ったよりスペースが狭い。
 ちょっと動いたら腕と腕がくっつきそうだ。
 どうにかしようと思って体の位置を調整していると、画面上に出てきたキャラクターが「お金を入れてね」とかって急かしてくる。
「ご、ごめんね。ちょっとお金入れるね」
「あ、いや、ここは俺が……」
 小銭を出したまま言い合ってる間にもキャラクターはボクたちが操作するのを促してくるし、後ろの行列に注目を浴びてるんじゃないかって気になる。
 そんなわけないって冷静になってみればわかるんだけど。
 どうにか苦労して撮り終えたころには、一日中バイトした後よりももっと疲れてしまっていた。
 しかも、肝心の写真写りも、ボクも純くんもぎこちない笑顔しか作れていない。ボクはできあがったプリクラを見てすごくがっかりした。
「一文字さん?」
 プリクラを持ったままではさみのある台の方に移動しようとしないから純くんは不思議そうにしている。
 そりゃあ、ちゃんと写ってたらボクだって他の子たちみたいに半分にして分けたかったけど。
「だ、ダメダメ、変な顔で写ってるしこんなのあげられないよ」
 ボクはそう言って鞄にプリクラをしまったけど、純くんは引かなかった。
「せ、せっかく撮ったんだし半分貰ってもいいだろ。どういう顔で写ってたのかなんてさっきの画面で見たじゃないか」
 確かに、印刷する前に確認画面が出てくるから、そこで写真自体は純くんもすでに見てる。
「でもでも、あんな顔の写真を純くんが持ってるなんて嫌だよ、ボク。恥ずかしいじゃない」
「写真写りはお互い様だったろ。俺が変な顔で写ってるのを一文字さんが持ってるのはいいのか?」
 そう言われるとさすがに言い返せない。ボクはしぶしぶしまったばかりのプリクラを鞄から出して半分にした。
「……い、一文字さんはちゃんといつも通りに写ってるじゃないか」
 フォローのつもりなんだろうけど、これでいつも通りだって言うんなら純くんはいつも何を見てるんだろうって感じだ。なんだか腹が立ってくる。
 勢いでボクは自分の分のプリクラも純くんに押し付けた。
「だったらこれ、純くんにあげるよ。どうせ持ってても捨てるだけだと思うしさ」
 自分でもびっくりするくらい声が震えていた。八つ当たりだってわかってるのに気持ちが抑えられない。
 今の顔を見られたくなくてうつむく。
「……ごめん、ちょっと疲れちゃったから今日はもう帰るよ」
 それだけ言うのが精いっぱいだった。純くんが引き止めようとしてるのを聞こえないふりしてボクは急いで出口に向かった。
 外に出て、ゲームの音が遠くなったところまで来てようやく深呼吸する。
 なにやってるんだろう、ボク。
 勝手に写真撮りたいって思って、それがうまくいかないからって八つ当たりして、子供みたいだ。
 今までは修学旅行の時の写真で満足してたのに、ほむらにああ言われたからって見栄はっちゃうなんて。
 純くんも今頃あきれてるかもしれない。そっと振り返ってみたけどもちろん追いかけてきてるわけがない。ボクが振り切ってきたんだから。
 もう一度深呼吸したけど、ほとんどため息みたいなもんだった。
 反省する一方で、あのプリクラさえちゃんと撮れてたらって気持ちが心の中から消えてくれない。
 せっかく素敵な人なのに、ああやってからかわれるのは嫌だった。
 気持ちの整理がつかないまま、ボクはとぼとぼ歩いて帰った。


「い、一文字さん。おはよう」
 次の日、会ったらどんな顔しようって思いながら登校したら、さっそく純くんがボクの教室の前で立って待っていた。
 ボクもけっこう早めに学校に来る方なんだけど、純くんはいつからいたんだろう。教室の中にいるクラスメイトがちらちら様子をうかがってる。
「昨日あんな風だったから、気になっちまって」
「……ごめんね、昨日はほんとに。せっかく付き合ってもらったのにさ」
 純くんは何か言おうとして、ちょうど別のクラスメイトが教室に近づいてきたのに気付いて口を閉じた。ボクもここじゃゆっくり話しづらい。
「別のとこ行こっか」
 人の少なそうなところを探して歩くうちに、体育館裏にたどり着いた。
 朝練はもう終わったのか、来るまでには何人かの運動部っぽい子とすれ違ったけどさすがにここまで来たら誰もいない。
 純くんが寂しそうな顔をしてポケットからなにか紙を出す。昨日のプリクラだ。
「これ、本当にいらないのか?」
 わざわざ持ってきてくれたんだ。別にもういらないなんてわがままを言うつもりはない。でも、あんなふうに帰っちゃったからなんだか今さら受け取りづらい。
「そんなに写真写りが気になるのか? 別に人に見せて回るものでもないだろ」
 手を出せないでいるボクに、純くんはそう言って慰めてくれるけど逆だ。ボクは首を横に振った。
「違うんだ。ボク、いい写真撮ってみんなに自慢したいって思ってたんだ」
「じ、自慢?」
 すっとんきょうな声を出して純くんはぽかんとしてる。
 ボクだってさすがにほむらにからかわれたなんて事は言えやしないから頑張って言葉を選びながら説明する。
「修学旅行の時、ボクたち一緒に写真撮ったの覚えてる? あの写真ももちろんまだ大事に持ってるけど、あの時よりずっと仲良くなったから、新しい写真が欲しいと思って、それで……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。自慢って言うのは、誰に何を自慢するんだ?」
「だってさ、楽しい事があったらみんなに言いたくなるじゃない。ボクは純くんと遊ぶのすごく好きだし、一緒に撮った写真があれば楽しかった時の事をもっとたくさん伝えられるでしょ」
「みんなに……言いたくなる?」
 その様子を想像してなのか、純くんは少し顔をしかめた。普通言いたくなるもんじゃないのかなって思ったけど、よく考えてみると純くんは男の子だし、坂城くんにからかわれてる所もしょっちゅう見る。ボクとはそこんとこ意見が違うのかもしれない。
「も、もちろんボクだって信用できる人を選んで言うさ。でも、純くんは他の人に言ったりするの嫌?」
「じょ、女子同士で多少話すくらいなら……」
 そう言ってもらえてほっとした。やっぱり楽しかったことについて気兼ねなくおしゃべりしたい。
 もやもやしてたことを言えてすっきりしたボクは、純くんからプリクラをようやく受け取る。
 やっぱりフレームの中のボクたちはぎこちない顔をしてるけど、中央公園の出口に着いちゃったときの緊張感も機械に並んでた時のわくわくした気持ちも、頭が冷えた今になってみれば十分思い出せる。
 来年の今くらいになれば、もっと幸せな気持ちで眺めてるのかもしれないなって予感がした。
「自慢できそうか?」
 ボクがもう写真写りにこだわってないのがわかったんだろう。純くんもほっとした声だった。
「うん!」
 ほむらにはまたからかわれちゃうだろうけど、それでもよかった。
 純くんとぎくしゃくしない方がずっと大事だって今ならわかるから。
 プリクラが折れちゃわないように大切に手帳にしまってると、唐突に純くんが大きな声を出した。
「……と、ところで、そろそろ夏休みだな」
「えっ? そ、そうかな」
 もちろん今はまだ5月の半ばで、これから体育祭も期末テストもある。全然そろそろじゃない。
 ボクがびっくりしてるのも目に入ってない様子で純くんは続けた。
「夏になったらどこか……山とか、遊園地とかに行こう。そしたら写真もたくさん撮れるだろ」
「ええっ、いいよ、いいよ。そんな、もったいないよ……」
 確かに新しい写真が欲しいって思ってたけど、まさかフィルムを使い切るくらいなんて贅沢なことぜんぜん考えてなかった。
 たくさん写真があったって手帳に全部は入れられないし。
 でも、純くんには遠慮する一方でボクの胸は高鳴っていた。夏のきらきらした太陽を思い浮かべる。
 梅雨が明けたら純くんといっぱい遊びに行きたい。思い出も全部残したい。
「……ほ、ほんとにいいの?」
「下手な鉄砲数打ちゃ当たるって言うじゃないか。それに……」
 俺だって一文字さんの写真はたくさん欲しいんだ。
 ごにょごにょっとした口調だったけど、確かにボクの耳にははっきりそう聞こえた。
 驚きすぎて口もきけずに突っ立っているうちに、耳まで真っ赤にした純くんはさっさと教室へ向かって歩き出していた。体中が熱くなるのを感じながらボクも慌てて追いかける。
 夏はもう、そこまで来ている。



 twitter上の企画で「字書きによる表紙作成ワンドロ」という企画があり、これは1時間以内で出されたお題に沿って同人誌やpixivの表紙を作成するというものです。
 その5回目のお題が「smile」だったのでそれにあわせて画像と「ほむらに「純の笑顔を見た事がない」とからかわれた事をきっかけに純とのツーショット写真を撮ろうと画策する茜ちゃんの話」というあらすじを作りました。
 できればその時に本文も完成させたかったんですがなかなか話がまとまらず、ようやく今やる気を出して完成させた感じです。

2017. 8. 22更新(明日はレイ様の誕生日だった……)

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