ネガティブな感情


今日はメイカーとデートだ。
……と、言ってもただ二人で買い物するだけで、
向こうからしたらただの子守りなんだろうと思う。
メイカーにとって、あたしってどういう存在なんだろうか。
「ヒーラー、起きてる?」
布団の中で転がっていたら扉の向こうからメイカーの声が聞こえた。
きっとこのまま返事をしないでいたら、彼女はあたしを起こすために
扉を開けて中に入ってくるのだろう。
「……眠ってるー」
向こうに届くくらいの声で返事を返した。
「じゃあ、ちゃんと起きて出かける用意をするのよ。食堂で待ってるわね」
足音が遠ざかっていくのを確認してあたしは起き上がった。
そして手早く着替えをして食堂へ向かう。
ほどなくしてから到着。
「おはよう」
「あ、ヒーラー」
席に着く前にメイカーに呼び止められた。
「ほら、襟の所が変になってるわ」
「あ、うん」
襟を直してもらいながらあたしは間抜けな相槌を打った。
ちょっと前までならこういう時には「ありがとう」と言えたのに、
今ではそれが出来ない。
メイカーがあたしの事を手のかかる妹としてしか見ていないのが
痛いほどよくわかるからだ。
他の人達よりもかわいがってくれるのは嬉しいけれど、
あたしが頼りないのもわかるけれどもっと違う感情で見て欲しい。
恋人、なんて贅沢は言わないし言えない。
せめて対等な友人とか仲間とか、そういうのがいい。
人を好きになるのってネガティブなものだと思った。


「ヒーラー、荷物重くない? 大丈夫?」
「……大丈夫、平気」
息を切らせて返事をしたって説得力はないのだろうと思う。
それでも強がって歩き続ける。
上の方からため息が聞こえてきて、胸がぎゅっと痛くなった。
「そろそろ休みましょうか」
「大丈夫だってば」
「ごめんなさい、疲れてきたから座りたいの。駄目かしら?」
彼女があたしの事を思いやってそう言ったのは明白だったけれど、
だからと言って首を横に振るわけにはいかなかった。
「……いいけど」
買い物を始めてどれくらい経ったんだろうか。
こういう時、時計がないと不便だ。
そう思いながら何となく隣を見上げる。
用意のいい彼女だったらきっと時計どころか筆記用具全般、
もしかするともしもの時のための食料なんて物も用意しているのかもしれない。
それでも彼女に今の時間を聞くのはためらわれた。
どうせ1時間も経ってないだろうと推測できるからだ。
「ヒーラー、荷物持ちましょうか?」
まともにメイカーと視線があってしまい、どぎまぎする。
「だ、大丈夫だってば」
「そ、そう」
あれ、と思って再びメイカーのほうをこっそり見ると、
やっぱりいつものクールな顔で前を見ているだけだった。
少しだけ、声がうわずっていたから珍しく焦っているのかと思ったのだが
勘違いだったのかもしれない。
もし、少しでも焦ってくれたのだったら嬉しかったのだけど。
「ヒーラー、ここでいい?」
「うん」
彼女が選んだのは、そんなに値段も高くなくお菓子類が充実していて、
あたし達と同い年くらいの女の子達がよく利用するようなお店だった。
店員に案内されるまま壁際の席に座ってメニューを開く。
「はあ、疲れた」
ついそんな事を言ってしまい、はっと口を押さえる。
が、メイカーはしっかり聞いていたようで苦笑しながら鞄を開けた。
「無理しないの。……ほら、どうぞ。汗かいてるわよ」
そう言って彼女が取り出したハンカチと共に一枚の紙切れが
ぱさりとテーブルの上に落ちた。
「これ、新しい詩? 見ていい?」
「だ、だめ!」
珍しく赤く頬を染めてメイカーが叫ぶ。
そして、すぐに我に返ったのかそんな自分を取り繕うように続けた。
「まだ出来ていないから……今度見せるわね」
「うん……わかった」
何となく気まずくなってしまって黙り込んだ。


本当ならもうちょっと買い物を続ける予定だったのに、
気まずい空気のせいでそんな風には行かなかった。
どうしていいかわからないまま、
さりげなくあたしの分の荷物まで持って歩いているメイカーの後を追う。
こういう時のメイカーの後ろ姿はなんだか怖い。
早く謝ってしまえば楽になるのだろう、と思う。
が、あたしにはどうしてこうなってしまったのかがよくわからなかった。
いや、あたしが詩を見たがったのがきっかけだったのはわかる。
わからないのは、普段それに対して冷静に対応していたメイカーが
今回に限って感情的になった事だ。
何かあったのだろうか。
考えているうちに、王城が近くなってきていた。
この気まずい空気をそのまま持ち込みたくなくて、
何とかしなきゃとあたしは口を開きかけた。
「ねえ――」
「ヒーラー、あの……さっきはごめんなさい」
「えっ」
先に言われてしまってあたしは目を白黒させた。
「……思わず怒鳴ったりなんかして」
「あ、うん」
我ながら間抜けな返答だと思い、付け足した。
「気にしてないから」
嘘も方便。
そう言うとメイカーは少しだけほっとしたような表情になった。
「詩は出来上がったら見せてくれるんだもんね?」
「えっ、ええ」
妙に歯切れの悪い返事だ。
あたしは不思議に思ってメイカーの顔を覗きこんだ。
「どうしたの?」
「何でもないわ。さあ、早く戻りましょう」
手を首筋にやるのは焦った時のメイカーの癖だ。
反射的にもう片方の腕を引っ張ってメイカーを引きとめた。
引っ張られた腕から荷物が落ちる。
案の定、メイカーは目を丸くして振り返った。
「どうしたの?」
「メイカー、何か隠してない?」
単刀直入に尋ねると、メイカーはますます目を丸くした。
「急にどうしたの?」
「答えてよ」
ケンカ腰になってしまったあたしの口調に、それでもメイカーは穏やかに返す。
「隠し事なんてしていないわ」
「本当に?」
「本当よ。……」
一瞬、目が泳いだのをあたしは見逃さなかった。
「メイカー、あたしの事嫌い?」
言ってしまった後、少しだけ卑怯な質問だと思った。
でも、言った事は取り消せない。あたしは返事を待った。
「……嫌いじゃないわ」
「じゃあ、なんで隠し事するの? 詩を見せてくれないの?」
「それは……」
「あたしはメイカーの事が好きよ。だから隠し事もしないで欲しいし
詩も……できたら見せて欲しい」
しばらく、そのまま無言のままでいた。
そしてメイカーが口を開く。
「ヒーラー。……あなたは、私のことを好きって言ってくれたけれど、
わからないわよ」
彼女にしては珍しい、頼りなげな口調に思わずこっちまで不安になる。
「どういう事?」
「もしかしたら、私の事を嫌いになってしまうかもしれないって事よ」
「どうして?」
声が震える。
「私もあなたの事が好きだけど……でも、あなたの言う好きとは
違うと思うから」
「……え?」
心臓がどきどきしてきた。
彼女があたしの『好き』をどう捉えているのかはわからないし怖いけれど、
告白するのなら、ネガティブな感情を好転させるのなら今しかないと思った。
この場から逃げ出してしまわないように、
しっかりとメイカーの腕を掴んでまっすぐ目を見て早口で喋る。
「あたしの好きは友情とか仲間とかそういうんじゃなくって、
恋愛感情とかそういう好きなの。メイカーの好きはどういう好き?」
メイカーは不意を衝かれた、という風に凄く驚いた表情を見せた。
きっと全く予想をしていなかったんだろう。
「私は……」
メイカーはしばらく睫毛を伏せて考え込む様子を見せた後に呟いた。
「……理由がわからない気持ちでも、恋愛感情と呼べるかしら」
急に鼓動が早くなった。
「それがあたしに対する気持ちなんなら、呼んで欲しいな」
それだけ言うのが精一杯だった。メイカーの腕を掴む手に力がこもる。
「だったら、呼ぶ事にするわ」
嬉しくて涙が出てきそうだった。
それを悟られないように、小さい子供のようにメイカーに飛びつく。
これじゃあもう子ども扱いしないで、なんて言えない。
それでも頭を撫でてくれるメイカーの手が心地良かったので
それでもいいかな、なんて思ってしまった。
もう、ネガティブな感情とはお別れしたのだから。





詩は見せてもらわなくていいのかなあ、ヒーラー……。
とか書き終えて思いました。
その辺とかは暇と時間と余裕(同じ物じゃないの?)があれば
書き直したい所ですね。
ちなみにメイカーさんが散々見せるのを拒んでいたのは
不可解な感情で書いていた恋の詩だからです。と一応補足。


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