空色のチョコレート


外は久々に晴れていて、空の色は真っ青で、空は本当に空色なのだ、と間抜けな事を思った。


空が青かろうが灰色だろうが演劇部の練習はよっぽどの事がない限り中止される事はない。休む人間は多少いるが。
つい先日まで休みっぱなしだった私は 少しだけ他の部員たちに申し訳なく思いながらも、台本通りにセリフを暗唱する。
休んでいた分、私の演技力は落ちただろうか。
ただでさえ両親からその事を指摘されていたというのに。
しかし、演技力云々という事を抜きにして考えるとすらすらとセリフを言えるのは久々だったし、 こうやって一生懸命に練習するのは演劇を始めた頃のようにとても楽しかった。
それでもさすがに体はいつまでも動くわけではない。
授業が終わってからずっと、厳しい稽古を続けていたせいか かなり体力を消耗している気がした。大きく深呼吸する。
目が合うと、彼もそれを察したようだった。
「そろそろ休憩にしようか?」
自分の個人的な事情でしばらく無視し続けてきたというのに、 彼は変わらない笑顔を私に向ける。
そのおっとりした所は、時々いらいらさせられるけれど嫌いではない。
「ええ、よくてよ」
つられて私も笑顔になって、部室の端の方へ寄った。
手近な所に立てかけてあったパイプ椅子を二人分出す。
「あ、ありがとう」
自然な様子で椅子に座り、 彼はジャージのポケットからお菓子の袋を取り出した。
練習している間ずっと入っていたのだろうか。
そんな事を思ってまじまじと見ていると彼がこちらに笑いかけた。
「御田さん、チョコレート食べる?」
そう言って彼はビニールの袋を破り、その中の一粒を差し出してきた。
きれいな青い色をした、おはじきのようなチョコレート。
「……本当に食べられるの?」
きっと、私は怪訝な顔をしていたのだろう。彼が微笑む。
「本当だって」
そう言って、彼は差し出していたそれを口に運んだ。
「おいしいよ?」
彼が笑うので私は袋の中から一番まともそうな茶色のそれを摘み上げた。
「安そうなお菓子ですこと」
それでも彼が普段食べているお菓子、と思うと不思議と魅力が感じられる。
「まあ、味だけじゃないから」
視覚的に楽しむ事も大事なんだよ、と彼は言いながらなにか作業をしている。
チョコレートをより分けているのだろうか。
「あなた、なにをしてらっしゃるの?」
「ん、ちょっとね。……大体、カキ氷だって青いのあるじゃない?」
カキ氷なんて食べた事はない。
なんて言ったらバカにされるのだろうか?
理佳の友人にはその事で散々からかわれた。
彼はどうなのだろうか。
私のことを馬鹿にするのだろうか。
「あ、御田さんもしかして食べた事ない? ブルーハワイ」
「え? えーと……」
どう答えたものかと考える暇さえ与えない。
彼は機関銃のようにまくしたてる。その口調自体は穏やかだったけれども。
「そりゃ青いカキ氷なんて怪しいかもしれないけどさ、一度食べてみなよ。おいしいからさ」
そう言いながら彼が私の手のひらにざらざらと何かを注ぐ。
見てみると空色をしたチョコレートだった。
ご丁寧にそれだけをより分けていたらしい。
「さて、俺は先に稽古再開するけど、御田さんはそれ食べてもう少しゆっくり休んでてよ」
「そんな、私もそろそろ再開しようと思ってましたのに」
「じゃあ俺の演技見ててよ。そしてアドバイスして欲しいんだ」
「そういう事なら……わかりましたわ」
立ち上がりかけたパイプ椅子に再び腰を降ろして、チョコレートをつまむ。
特別おいしいわけではないそのチョコレートに心が安らぐのを感じた。
今ならどんな役だってこなせてしまいそうだった。
小さなそれを、一粒ずつ口へ運ぶ。
ゆっくりと食べ終えた後、手のひらを見たら
持っているうちに体温で塗料が少しだけ溶けてしまったのか、
ペンキのような青い色が残っていた。
窓の外と同じ、鮮やかな空の色が。
軽く拭っただけでは取れないその空色に微笑んで、
私は稽古を再開するために立ち上がった。





マーブルチョコレートを食べてたら書きたくなりまして。
お嬢様代表と言う事で万里りんを。
まあ、伊集院でもメイでも瑞希でもよかったんですけどね。


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