絡まぬ視線


玉座に座ってワインを傾けるプリンスデマンド。
彼の視線の先には月の王国の女王、ネオクイーンセレニティの立体映像があった。
視線の向きが変わる事は、きっともう二度とない。


プリンスデマンドの部屋の前を通りかかった時、
エスメロードは主が不在の玉座の前に誰かが立っているのに気がついた。
「あら、サフィール」
声をかけると彼はちらりとこちらの方を見たがまたすぐに視線を戻した。
「邪黒水晶の反応炉以外の所にいるなんて珍しいじゃない」
彼はデマンドの優秀な片腕として……否、大事な兄のために
今まで仕事をしてきた。それなのに。
「僕だっていつも同じ所にいるわけじゃない」
サフィールの元へ近付くエスメロードの足音が響いていたが、
程なくしてから静かになった。
「それもそうね」
相槌を打って、サフィールの視線をたどった。
ネオクイーンセレニティの立体映像。
「……あんな小娘のどこがいいのかしらね」
誰が、などと言う事は聞かなくともわかる。
ネオクイーンセレニティの事を快く思っていないのはサフィールだって同じなのだ。
それにかまわずエスメロードは無言のままで顔をしかめた彼の白い頬に手を当てて薄く笑う。
「兄弟だって言うのに全然似てないのよね、あなたたちって」
「僕は兄さんじゃない」
「そうね、あなたはデマンド様じゃないわ」
復唱して顔をなぞっていた手を頭の後ろに回した。
そして自分の姿が映った青い瞳をじっと見据える。
「もしあなたがデマンド様だったら、どうなっていたのかしらね」
ネオクイーンセレニティに向いたままの
視線が戻る事はあったのだろうか。
「僕が兄さんだったとしてもお前と付き合う事は永久にない」
「そうね。でもあの小娘を諦める事もないでしょうね」
デマンドの視線が戻る事のないように。
「エスメロード」
とがめるように言ったサフィールからゆっくりと身体を離す。
「あらごめんなさい。気分を悪くした?」
「…………」
からかうように、蔑むようにして言ったはいいが
しばらくの間サフィールが無言だったのでそのまま立ち去ってしまおうかと
エスメロードが思った時、地を這うような低い声が聞こえた。
「お前は贅沢だ」
怪訝そうに眉をひそめたエスメロードから視線を外し、憎々しげに続ける。
「女であるお前の方が兄さんと結ばれる確率は高い」
「確率、ね」
冷笑を浮かべてエスメロードは邪黒水晶の台に腰掛けた。
「……本当に私とデマンド様は結ばれる事があると思うの?」
もしそうなるのであれば夢のような話だとエスメロードは思う。
しかし夢と現実は全く違うものだ。
自分では視線を取り戻す事は到底無理な事に薄々感づいていた。
たとえネオクイーンセレニティを殺した所で
デマンドが立体映像を見つめる視線に余計に熱がこもるだけなのだ。
「どっちが贅沢なのかしら、ね」
まだ弟であるサフィールの方がましだと思った。
そしてもう一度立体映像のネオクイーンセレニティに視線を移した。
柔らかな微笑みを浮かべて彼女が立っている。
だが、彼女がデマンドへ向けて微笑みを投げかけた事など一度もない。
彼女の視線の先にあるのは愛する夫と子供、それに
白き月の王国の仲間だけだ。
黒き月の一族の事など見る事はないだろう。
立体映像が浮かべているのは、虚構の微笑みなのだ。
デマンドの視線も届かない。
誰の視線も絡むことはない。





サフィとエスメのコンビが好きです。カップルでなくて。
カップルだったらやはりデマンド様とでしょう。
しかしブラックムーンの上層部の方々は嫌な最期を遂げた気が……。
4姉妹、下っ端でよかったね(遠い目)。


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