星空の向こう 何とはなしに星空を見上げた。 見慣れていたはずのそれに違和感があるのは、 地球から戻ってきてから数ヶ月しか経っていないせいだろうか。 「どうしたの? ぼーっとしちゃって」 視線をヒーラーの方に移してファイターが答える。 「ちょっと、疲れちゃって」 「本当にね」 王宮の前庭のベンチに腰掛けて、 ここ数日の忙しさを思い出してかヒーラーがため息混じりに呟く。 「プリンセスのご結婚は嬉しいけれど……もうお祝い事はこりごりって感じ」 火球皇女には、将来を誓い合った相手がいた。 きっと何事もなければ今ごろは円満な家庭を築いていただろう。 何事もなければ、だが。 いざ結婚の話を進めようとしていた矢先にギャラクシアの襲来に遭い、 婚約者は滅ぼされてしまった。 だからセーラームーンの働きによってギャラクシアが浄化され、 全てが元通りになった途端にまた邪魔が入ってしまわないうちに、と 大急ぎで婚礼の準備が進められるようになった。 そしてあっという間に準備は終わり、今はその前夜祭。 王宮のバルコニーで人が大勢集まって騒いでいるのが見える。 本来ならプリンセスに付き添っていなければならないのだが 明日の儀式の責任者にされているメイカー以外の2人は特にする事がないからと 特別に自由にさせてもらっていた。 「……あたし、プリンスとかキングなんて単語はもう金輪際聞きたくなかったのに……」 誰の事を頭に浮かべて言ったのか。 ファイターの呟きに、さもありなんと言いたげにヒーラーが頷く。 「その気持ちよくわかるわ」 「そうよね? そうでしょう?」 勢い込んで問いかけるファイターから逃げようとヒーラーが体をずらす。 「う、うん、そうだから手離してよ……」 力いっぱい掴まれた腕が痛いらしく、ヒーラーは顔をしかめた。 と、そこへ落ち着いた低い声が降ってきた。 「あなた達、まだ酔っ払うには早いわよ」 振り仰ぐと後ろには酒瓶と杯を持ったメイカーが居た。 ヒーラーの腕を掴んだままでファイターが尋ねる。 「あれ、仕事終わったの?」 「大体ね。ちょっと一休みしに来たわ」 ファイターの腕を振り解いてヒーラーも尋ねる。 「それよりメイカー、そんなものどこから持ってきたのよ?」 「ちょっと向こうから貰ってきたのよ。ちょっとくらい数が減ったって 誰も気付かないわ」 そう言ってメイカーは王宮を指差した。大方、宴会をやっている部屋から 持ち出したのだろう。からかうような表情になってヒーラーが言う。 「不良」 言われて、メイカーはヒーラーに渡した杯を取り上げた。 「そういう事言うんならあなたは飲まないでね、ヒーラー」 「ひっどいなあ……前言撤回。飲ませてくださいメイカー様」 くすくす笑いながらメイカーは杯に酒を注いで渡してやる。 「あたしにもちょうだい」 「どうぞ。ヒーラー、あまり飲みすぎないでね」 ファイターの杯に酒を注ぎながら二杯目に進もうとするヒーラーに 目ざとく気付いて注意する。 メイカーって器用だ、とファイターは素直に感心した。 「大丈夫よ、今度こそ気をつけるから」 『今度こそ気をつける』はずの彼女にメイカーは毎回手を焼いている。 どうなる事やら、と笑いながらファイターは見守っていたが ふと背後に誰かがやって来る気配を感じて振り返った。 「ファイター」 「……プリンセス!」 慌てて酒瓶を隠すメイカーを視界の端に捉えながらファイターは立ち上がった。 「どうしてこんな所に?」 ワンテンポ遅れてヒーラーが立ち上がる。 「今は抜け出してきてはまずいのでは……?」 酒瓶をどうにか隠してメイカーが尋ねる。 「ファイターに話があったんです。それに、 ちょっとくらい数が減ったって誰も気付かないわ」 その言葉にメイカーが気まずそうな表情になる。 「……プリンセス。いつからいらしたんですか?」 おかしそうに火球皇女が言う。 「メイカーが何かを持って部屋を出て行ったから、その後を追ってきたんです」 と言う事は、メイカーがこっそり酒瓶を持って出てきたのが すべて筒抜けになっていた事になる。勿論その後の会話も。 「メイカー……」 「す、すみませんプリンセス」 慌ててメイカーは頭を下げた。 「いいの。他の人たちは本当に全然気付いていなかったんだし。 それより、ちょっとファイターを借りてもいいかしら」 断る理由はもちろんない。 「どうぞ」 「じゃあ、行きましょうか」 「は、はい」 どういう用件なんだろうか。 ファイターは緊張しながらプリンセスの後をついていった。 「プリンセス、ここまで来たらもう話してくれてもいいんじゃないんですか?」 王宮から離れた手入れの行き通っていない温室まで来たファイターは言った。 よくわからない草花が生い茂っているここに夜来るのは 正直言って少しだけ気味が悪かった。 「そうですね」 それでも火球皇女はなかなか口を開こうとはしない。 「あ、まさか」 「?」 大真面目な顔をしてファイターが尋ねる。 「メイカーがお酒を取ってきたのがやっぱりまずくて、 だからリーダーのあたしに何とかしろ、とか言う事ですか?」 「違いますよ」 火球皇女は声を上げて笑った。 「メイカーは明日の祝儀の責任者だもの。ちょっとくらい息抜きしても 誰もとがめないわ」 「あ、それ疑問だったんですよね」 「どういう事?」 「なんでリーダーのあたしじゃなくてメイカーが責任者になったのかって事です。 それに、わざわざスターライツから選ばなくたって他にいい人達いるでしょう?」 率直にファイターが質問すると、なぜそんなわかりきった事を、 とでも言いたげな調子で火球皇女は言った。 「だって、明日はあなたのお誕生日じゃない」 「え?」 誕生日と婚礼が繋がらなくてファイターは反応できなかった。 「明日の祝儀はあなたのお誕生パーティーも兼ねているのよ」 誕生日なんて、殆ど忘れていた。 さぞ自分は間抜けな顔をしている事だろうと思った。 「きっとメイカーならあなたとの付き合いも長いし、 うまく計画してくれるだろうと思ったんだけど……私の計算違いかしら?」 「い、いえ、そんな滅相もない!」 言葉遣いがおかしくなりそうで、慌ててファイターは咳払いをした。 「でも、どうして……?」 「メイカーとヒーラーが、あなたが元気がないから なんとか元気付ける方法はないか、って言いにきたの。 だから私が一緒にお誕生日パーティーもしたらどうかって提案したのよ」 「プリンセスがわざわざ?」 「そうよ。迷惑だったかしら?」 「そんなわけないです。ただ、あたしにはもったいなくて……」 ファイターはおろおろと視線をさまよわせた。 そんな彼女の顔を覗き込んで火球皇女は言う。 「もったいないなんて事ないわ。私、ファイターの事が大好きで信頼してるのよ。 そんな相手のお誕生日を祝うなんて、変?」 「……変じゃないです」 「ならいいじゃない」 ファイターがゆっくり頷いたのを確認して、火球皇女は微笑んだ。 「メイカーとヒーラーには私が明日の計画の事を言ったって言わないでね。 2人ともとてもよく頑張ってくれたんだから」 「わかってます。……あ、プリンセスの用件って何ですか?」 思い出してファイターが尋ねると、火球皇女は少しだけ言いよどんだ。 「メイカー達に言われる前から思ってたの。あなたが最近浮かない顔だから、 どうかしたのかって。……もしかして、私たちの結婚に反対?」 まさかそんな事を聞かれるとは思っていなくて、 ファイターは一瞬言葉を詰まらせた。 それでもすぐに「そんな事ありません!」と慌てて否定する。 「そう?」 「そうですよ。……でも、淋しいのかもしれません」 ぽつりと洩らした呟きに敏感に火球皇女が反応する。 「どうして?」 「どうしてでしょうね。よくわかりませんけど」 「私はどこへも行かないわ」 「そう、ですよね。何を言っているんでしょうね、あたし」 結局は、自分ひとりで悲しんでいるだけなのだとファイターは思う。 地球の王子と結ばれる運命にある銀水晶の持ち主である彼女と 目の前で心配そうな顔をして佇んでいる火球皇女とを勝手に重ね合わせて。 その結果、火球皇女を心配させる事になるとは全く世話がない。 「すみません、プリンセス。心配をかけてしまって。 もう大丈夫です。沈んだ顔はもうしませんから安心してください」 「そう……でも、悩み事があったらすぐに言ってね」 その心遣いがとても嬉しい。ファイターは無言で頷いた。 「…………」 会話が途切れて、沈黙が訪れた。 遠くから聞こえるお祭り騒ぎが今ここに2人しか居ないというのを 再確認させられる。 今なら素直に祝いの言葉を述べられそうだ。 ファイターは静かに火球皇女に呼びかけた。 「なに?」 「結婚、おめでとうございます」 「ファイターも」 「え?」 「お誕生日おめでとう」 「プリンセス……」 「明日は幸せだわ。私の婚礼と、あなたのお誕生日。二つのおめでたい事が あるんですもの。きっといい日になるわ」 ありがとうございます、と伝えようとしたが声にならなくて、 ファイターは無言のままで俯いた。 「さあ、戻りましょう。さすがにこれ以上席を離れてはいられないわ」 「……はい」 帰りは殆ど無言で歩いた。 それでも、先ほどまでとは比べようがないくらい 気分が軽くなっているのが自分でわかった。 プリンセスを見送った後、仲間達の元へと戻る。 しばらく歩いているとメイカーがヒーラーに寄りかかっているのが見えた。 どうやら眠ってしまったらしい。 「珍しい光景ね」 ファイターの中には、彼女は酒の席でも冷静なままで、 酔った人々の介抱ばかりしていた記憶しかない。 かく言うファイターも、勿論ヒーラーも世話になったうちの1人だ。 「でしょう? あたしもびっくりしちゃった」 苦笑しながらヒーラーはメイカーが起きないように体をずらす。 そしてファイターも再び腰を降ろした。 「一体どうしちゃったの?」 「珍しく今日は飲んでるなーって思ってたら急に眠いから寝かせてって。 別に体の具合が悪いわけじゃないみたいだからそのままにしてるんだけど、 大丈夫よね?」 心配そうな顔になったヒーラーと同じようにしてメイカーの顔を覗き込む。 火球皇女の話を聞いたせいか、何となく疲れているように見えた。 「多分、大丈夫だと思うわ」 「よかった」 ぐっすり眠っているメイカーも、安心したような表情でそれを見ている ヒーラーもずっと自分の事を心配してくれていたのだ。 そう思うと、少しだけ照れくさかったが嬉しかった。 そうしているうちに、メイカーが起きてしまったようだ。 「……ん……」 ゆっくりと目を開け、2人の姿を認めた途端に跳ね起きる。 「お、おはよー」 メイカーは未だ事態が飲み込めない様子だ。辺りをきょろきょろ見回している。 「思い出せる?」 「あたしと一緒に飲んでる真っ最中に寝ちゃったのよ」 瞬きを繰り返しているうちに眠りにつく前のことを思い出したらしく、 メイカーはほっとしたような表情になった。 「ごめんなさい、迷惑かけたわね」 「いえいえ」 「珍しいものも見れた事だしね」 「あなた達……」 顔をしかめていたメイカーだが、ふと思い出してファイターに尋ねる。 「そういえば、プリンセスのお話って何だったの?」 「ああ、あれ?」 ファイターは少しだけ考え込むような仕草をしてから微笑んだ。 「お誕生日おめでとう、って」 「そう」 「良かったわね」 「うん。……ありがとう」 相手に聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いてファイターは夜空を見上げた。 この星空の向こうにいるもう1人のプリンセスの事を思って。 星野くんお誕生日おめでとう記念。 ……の割にメイカーさんに愛を注いだ気がしないでもなく。 それはそうと、 この話を更新した当時「未成年なのにお酒飲んでますね!」という突っ込みを頂きました。 私は素で気付いてませんでした。 (夜の宴会→お酒、というイメージがあったから……) どうしても気になるって方はライツが飲んでるのは甘酒ってことで。 酔っ払ってるのはプラシーボ効果ですよ!(笑) BACK...TOP |