1・夜天と大気の場合

夜空を見上げると、流れる天の川。
「夜天、空が綺麗ですよ」
「本当だね」
窓の方をちらりとも見ずに返事をする夜天。
何をしているのかと覗き込むと、どうやら短冊を書いているらしかった。
「見ないでよ」
「すみません」
不機嫌そうに睨みつけられて大気は2、3歩離れた。
「そういえば、星野は?」
今日が七夕だからと笹や短冊を持ち込んできたのは彼だ。
いつものように率先して何かをやるのではないかと思っていたのだが。
「どうせあのおだんごにでも電話してんじゃない?」
「なるほど」
夜天は書き終えた短冊を持って笹に近寄った。既に低い所の枝は
短冊で埋まっている。
「……あー、もうっ」
吊るそうと思った枝に手が届かなかったらしく
いらいらと舌打ちした夜天を見かねて、大気は空いている高い所の枝に
夜天の青い短冊を吊るしてやった。
照れくさそうに夜天は礼を言い、ぺたりと床に腰を下ろした。
「それにしてもオリヒメとヒコボシってのもバカだよね」
「そうですか?」
「そうだよ。一年に一回しか会えないってのにさ、
相手の事を信じて待ち続けるなんて信じらんないよ」
さらさらと何やら青い短冊に願い事を書きつけながら夜天は続ける。
「それにさ、自分が恋人と会えて嬉しいからって
人の願い事まで叶えちゃうなんて、お人よしにもほどがあるんじゃない?」
言って、夜天は書き終えた短冊を大気に突きつけた。
「確かにそうですね」
大気は夜天から短冊を受けとって、笹に吊るした。
笹には既に夜天の青い短冊が鈴生りになっている。
(夜天も素直じゃないんですから……)
当人に聞かれたら怒られそうな事を考えて、大気はこっそりと苦笑した。

2・ペガサスとちびうさの場合

「ねえ、ペガサス……」
「どうしたの?」
「花火って見た事ある?」
「どうして?」
「今夜ね、花火大会あるんだって」
「そうなんだ、楽しみだね」
ペガサスの言葉にちびうさは首を横に振る。
「あたし、行かないもん」
それを聞いてペガサスは驚いた風に目を見開いた。
「どうして?」
「だって、ペガサスだけ置いていけないよ。それに窓からだって見れるし。
一緒に見ようよ」
「でも……本当にいいの?」
「いいのいいの。まもちゃん、うさぎとデートだからあたしと一緒に行けないみたいだし」
そう言われて、ペガサスは戸惑いの色を浮かべたままゆっくり頷いた。
「よかったあ。で、見た事ある? 花火」
「うん、ちょっとだけなら」
「そっか、じゃあ今夜は思いっきり見ようね!」
ちびうさがにっこり笑ったのでペガサスも微笑み返した。
「あ、いっけない。もうすぐ花火が始まっちゃう!」
慌てて窓辺に聖杯を置いて窓を開けると涼しい風が流れ込んできた。
ちびうさは身を乗り出して夜空を眺めた。
「やっぱさあ、今ごろデートの真っ最中なのかな、織姫と彦星って」
「きっとそうなんだろうね」
それより危ないよ、とペガサスが注意しようとする前に
ちびうさは空を見つめたまま口を開いた。
「ねえ、ペガサス……」
あたしたちも、そうやって自由に会えなくなる日が来るのかな。
「どうしたの?」
思いを飲み込んでちびうさは微笑んだ。
「ううん、なんでもない」
その微笑みが『小さな乙女』ではない、1人の女性のもののように見えて
ペガサスは何度も瞬いた。

3・冥王せつなの場合

「せつなさん」
「キング……」
思いもよらぬ相手に、せつなは目を丸くして驚いた。
「今の俺はキングじゃないんだって」
衛は朗らかに笑う。
「すみません……衛、さん」
せつなには衛をこうやって名前で呼ぶ事に対して未だに戸惑いがあった。
時空の扉の番人にとって未来の月の王というのは
決して親しくする事のできない存在であるからだ。
いや、未来の月の王に限らず時空の扉の番人と親しくする事の出来る人間自体が
いなかったのだ。
「買い物?」
「ええ」
時空の扉の番人はたった1人、孤独に耐えながら扉の守をするのが定め。
時折訪れる人間が、どんなに心の支えになったことか。
「ほたるに新しい洋服を作ろうと思って」
「優しいんだね」
「当たり前の事ですから」
最初は、それだけだと思っていたのだ。
ただ淋しいから彼の訪問を心待ちにしているだけだと。
それが、いつの間にか変わってしまって彼の隣に立てる日を夢見るようになって。
まるで彦星と会える日まで耐え続ける織姫のように、
プルートも耐え続けていたのだ。
自分がいくら待とうと幸せに待つ日が来ない事はわかっていた筈なのに。
「そういえば、今夜花火大会があるそうですけど、行かれるんですか?」
「ああ。うさこにしつこく誘われちゃったよ」
これから迎えに行く所なんだ、と衛が笑う。
その笑みにどんなに救われ、傷ついた事か。
でも、それも昔の話。
「そろそろ約束の時間なんだ。ごめん、また今度」
そう言って歩き出した衛を呼び止める。
「衛さん」
振り向いた衛に、せつなは微笑んで言った。
「今度、スモールレディやうさぎさん達と家へ遊びにいらしてください。
きっと歓迎しますから」
「ああ。かならず行くよ」
愛する人との幸せな未来は得られなかったけれど、
愛する仲間との幸せな未来は手に入れる事ができた。
再び歩き出した衛に背を向けてせつなも歩き出した。

4・アマゾントリオの場合

「ねえ、いいターゲット見つかった?」
「全然。そっちは?」
「こっちも全く収穫ないですね」
そろって3人はため息をつく。
「あーあ、今日は七夕だってのにねー……」
「ほんと、織姫と彦星が一年に一度出会う日なんだから
女の子口説くチャンスじゃないの」
「ですよねえ」
もう一度3人はため息をつく。
「美少年……」
「ぴちぴちの美少女……」
「未亡人……」
そしてまたため息。
「大体、ジルコンが悪いのよ。ちゃんとしたターゲット選んでこないから!」
「そうよ。あいつさえちゃんとした子を選んでくれれば
僕たちだって悩まずに済んだってのに!」
「そうです、全てジルコンが悪いんです!」
勢いよくグラスの中の酒を飲み干す3人。
「あ、ねえ、そういえば今日七夕のお祭りがあるみたいだよ」
「お祭り……?」
「と、言う事は」
にやり、と顔を見合わせてほくそえむ。
「やんちゃな美少年!」
「浴衣の美少女!」
「子連れのオバサマ!」
先ほどとは打って変わった生き生きとした表情で椅子から立ち上がる。
「さて、そうと決まれば」
「もたもたしてる場合じゃないわよ」
「美しい夢の持ち主探し、ジルコンにばかりまかせておけませんからね」
どこまでが本心なのやら、などと突っ込む輩はもちろんいない。
銘々の思惑を胸に秘めて3人は酒場を後にした。

5・星野とうさぎの場合

すっかり暗記してしまった電話番号を押す。
ほどなくして相手が出た。
「はい、月野です」
「おだんご? 俺だけど」
「星野?」
「そうそう」
うなずきながら返事をしてしまい、夜天たちに見られなくてよかったと
星野は思った。そんな所を見られたらきっとバカにされるだろうから。
「大気が電話切るときにお辞儀をするのには何にも言わねえくせに……」
「……何の話よ?」
無意識の内に洩れた呟きに怪訝そうにうさぎが返す。
「え? あ、いやなんでもない」
「ふうん……それはそうと何か用? 電話してくるなんて珍しいじゃん」
「ん、今おだんごは何してるのかと思ってさ」
「何って短冊書いてたのよ。七夕だもん」
「ああそっか」
あらかた願い事を書き終えてしまっていたせいか、
星野はそんな事はすっかり忘れてしまっていた。
「おだんごはなんて書いたんだ?」
「あたし? あたしは、みんながずーっと一緒に幸せに暮らせますように、かな。
星野は? なんか書いたんでしょ?」
「俺はヒミツだよ。願い事って人に話すと叶わなくなるって言うだろ?」
電話の向こうには見えないと知りつつもにやりと笑って言う。
案の定、うさぎは甲高い声で怒鳴ってきた。
「あーっ何それ! あたしにばっか言わせといてずっるーい!
そーいう事言うんだったら星野以外の人達とって書き足しとくからね!」
「よせ、悪かった! だからそういう事書くのはやめてくれおだんごー!」
星野の必死な叫びが面白かったのか、うさぎはけらけらと笑った。
「星野がそこまで言うんだったらやめてあげてもいいわよ」
偉そうに、とは思うが口に出しては言わない。
「そ・の・か・わ・り〜……」
「な、何だよ……」
思わず後ずさりしてしまう星野。電話だというのに。
ふふふ、とうさぎは笑いながら続けた。
「駅前の喫茶店ね、ケーキ半額フェアやってるんだって」
「俺におごれ、ってか?」
「そのとおり!」
星野は相手に聞こえるようにため息をついてみせた。
それくらい気にする相手ではないのはわかっていた。
「ま、いいけどな。じゃあ今度の日曜日にお前の家に迎えに行くから」
「うん、待ってるからね!」
かちゃんと音がして電話が切れた。
星野はしばらく受話器を見つめた後、名残惜しそうにそれを置いた。





夜天大気編・夜天くんは文句を言いつつ何だかんだで楽しんでいるような
イメージが。もちろん大気さんはその保護者。
ペガちび編・なんか殆ど更新されないこの人たち。好きなのに。
お別れ前提って事を念頭において書きました。
せっちゃん編・衛せつな派なんですよ私。やっぱりくっついて欲しいとは
思わないんですけど。しかしお互いどう呼び合ってるんだこの人たち。
トリオ編・またSSネタ。トリオの中ではホークスが好きです。
最後の話では地味に活躍してたので泣けました。
星うさ編・夜天大気のせいか(そうか?)このサイトでは影の薄いお2人さん。
電話しながらリアクションってしちゃいません? 私はします。


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