My Leader


近所中に響き渡りそうなほどうるさい目覚し時計の音に目を覚ます。
「だるい……」
体にかかっていた毛布を床に落としたまま僕はパジャマに着替え始めた。

「おはよう」
「おはようございます」
しっかりと制服を着込んでいる二人の挨拶を無視して食卓に着く。
「僕、今日は学校休むよ」
「夜天」
「熱があるみたいなんだ」
大気はお小言を言おうとしたみたいだけど体温計の数値と僕の顔色を見て結局何も言わずに口を閉じた。
「大気、俺も……」
「あなたはぴんぴんしてるでしょう」
便乗して休もうとしたらしい星野にぴしゃりと言い放って大気はコーヒーをすすった。


「それでは、ここに体温計と風邪薬を置いておきますから。台所におかゆを用意してありますので暖めて食べてくださいね」
大気は説明しながらてきぱきと動き回る。
その手際のよさのお陰でスリーライツは持ってるようなものだ。
星野がリーダーで大気が副リーダーなのは人選ミスだと時々思う。
今までのんびり、僕の分まで朝ごはんを食べ続けていたらしい星野がひょっこり顔を出す。
「それにしてもいいよな、夜天は。俺も学校休みたいって言うのにさ」
「何を言ってるんですかあなたは。大体、この前赤点取ったような人が授業休んでどうするんです」
大気は呆れ顔だ。
「それじゃ、行ってきます。くれぐれも気をつけて」
「待って!」
歩きかけた大気の後ろ髪を思い切り引っ張る。
「……なんですか」
「家にいて」
痛みでしかめられた顔が驚きの表情に変わり、それから普段のポーカーフェイスに戻った。
「いいですよ」
二つ返事でOKを出されたのでこっちがビックリだ。
絶対無理って言われるかと思ってたのに。


休みたがっていた星野は散々文句を言いながら学校に向かっていった。
今ごろは1人でファンの女の子たちに応対している所だろう。
想像すると笑いがこみ上げてきた。
「楽しそうですね、夜天」
ドアの方を見やると洗面器を持った大気が立っていた。
「私に休ませてまで看病させるんですから、ちゃんとおとなしくするんですよ」
そして僕のベッドの脇にそれを置いてタオルをぎゅっと絞った。
「メイカー」
いつもならその名前で呼ぶな、というのに今回は何も言わずに振り返って、 僕の額に濡れたタオルをぺしゃりと置いた。
「まったく、あんな薄着で寝るから風邪引くんですよ」
あんな薄着、というのは下着姿で毛布もかぶらずに寝ていた事だろう。
少々寒かったけれど、そのおかげで立派に風邪を引くことが出来た。症状は微熱程度だけれど、これで休めたんだし十分だ。
「……見たの?」
「ええ」
どうりで、起きた僕の体に毛布がかかってたわけだ。
「メイカーのエッチ」
「同性同士なんだし、別に見たって問題ないでしょう」
くすくす笑っても大気はすました顔を保ったままだ。
制服に包まれた体は男のもので、外見だけ見るとかつてのメイカーとは結び付けづらいけれど、 中身はキンモク星にいた時からあまり変わってない。
「…………」
涙がにじみそうになって大気に背を向けると濡れタオルがずり落ちた。
それを大気が取ってもう一度水に浸しているみたいだ。水音が聞こえる。
「毛布かけてくれたのメイカーでしょ」
「そうですよ」
「ありがとね」
礼を言うと、大気は少し困ったような顔をした。
「毛布かけてよかったんですか?」
「え?」
「だって風邪引こうとしてあんな薄着だったんでしょう?」
「気付いてたんだ」
「真冬にあんな格好で寝ていたら、誰だってそう思いますよ」
「よく止めなかったね。メイカーだったら止めそうなのに」
いつもだったら、僕をたたき起こしてパジャマを着せて、布団をしっかりかぶせる所までやるだろうに。
「何か理由があるんだと思ったものですから」
「僕が肺炎になったらどうするの」
「……あなたがそれを言うんですか?」
大気は1つため息をついた。
「暖房もついていて、そんな深刻な事にはならないでしょう」
「まあね」
「プリンセスの事ですか? あなたの悩んでいるのは」
「……まあね」
本当は他にも色々あった。
大気も星野も、地球の女の子たちと仲良くやっていて下手をするとこのまま地球に永住しそうな雰囲気だ。
大気たちはそれでいいのかもしれないけれど、僕が耐えられない。
キンモク星に帰る時は4人一緒だと心に決めているのに、このままではみんなバラバラになっていく気がした。 だから一日だけでいいから一緒に居て欲しかったのだ。
……きっとそんな事、大気にはお見通しだったんだろうけど。
「甘えん坊ヒーラー」
キンモク星にいた時のあだ名で大気が僕に囁きかける。
昔からこのあだ名で呼ばれるのは気に食わなかったけれど今はそれが気持ちいい。
「言っておきますけど、明日はちゃんと学校に行ってもらいますからね」
「わかってるよー」
大気は自分の事を「リーダーの器でない」というけれどそれは気のせいだと思った。
一緒にいるとこんなに安らぐのに。
「……訓練の時とかはメイカーがリーダーだったよね」
リーダー、というような呼称はなかったけれど、キンモク星にいる時に一番リーダーのように動いていたのは彼女だった。
しっかりしてて、面倒見がよくて。小さい頃の僕は、そういう彼女に憧れたのだ。
「ここでもリーダーになればよかったのに」
違う。
大気がスリーライツのリーダーになった所で根本的な問題は解決しない。
「弱気なのは、風邪のせいですか?」
大気が僕の顔を覗き込む。
「何か文句ある?」
つっけんどんに返しても、別に気分を害する様子もない。
「いえ。どんなに外見や立場が変わっても中身はそう変わらないものだな、と思いまして」
ここで大気は思い出し笑いをした。
「覚えてますか? 以前にもこうやって仮病使って私に看病させた事がありましたよね」
「……少し」
むしろ、過去の経験があったからこそこういう行動に出たのかもしれない。
「あの時はどういう理由でしたっけね」
「もう忘れた」
「きっと、今日の事を忘れかけた頃にあなたはまた同じ事をするんでしょうね?」
からかうように大気が言った。
「しないよ」
自分ではそう言ったものの、守れる自信はなかった。その事を見抜いているのか、大気は言った。
「まあ、その時はまた看病してあげますよ。何年後でもね」
何年後、何十年後にも大気は僕と一緒にいる未来を信じているのだ。
その事が感じられて、胸が詰まった。
「……と、とりあえず、今日一日はずっと傍にもらうからね」
「はいはい。私がついているからには、ちゃんと薬も飲んでもらいますからね」
こういう所も昔のまんまだ。苦笑して僕は目を閉じた。
まぶたの裏に浮かび上がってくるキンモク星での懐かしい情景。
僕とメイカーとファイターと……プリンセス。
「僕たちがしてる事ってムダじゃないよね」
「きっとプリンセスは見つかりますよ」
薄目を開けて大気の表情をこっそり伺うと
自信と希望に満ち溢れた表情だったのでなんだか安心した。
情景の中のプリンセスも幸せそうに微笑んでいた。





夜天大気のつもりで書きましたが、攻めとか受けとかプラトニックだとどっちがどうだかわからなくなります。


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