き キミを護る


「何かあったら、必ず私があなたを守ってあげるわ」
 そう約束したのはいつの事だったろうか。


 ヒーラーが森の中を早足で歩いていく。その横顔は険しい。
 私は枯れ木や蔦のような植物に足を取られながらそれを追いかける。
「ヒーラー」
「…………」
「ヒーラーったら」
 やや強めに発音して、やっとこちらに気付く。眉間の皺はそのままで振り向いた。
「何?」
「少し休みましょう」
「嫌よ」
「でも、傷が痛むんでしょう?」
「痛くないわ」
 嘘だ。先ほどからヒーラーは足を引きずるようにして歩いているし、速度も徐々に落ちてきている。単純に疲れも溜まっているだろう。
「無理をしてもいい事はないのよ」
 そう言って近くの岩に腰掛ける。私自身そろそろ休まなければもたないし、さすがにヒーラーも1人で行ってしまう事はないからだ。
 予想通り、ヒーラーはしぶしぶと言った風情で近くの地面に座り、持ってきていた水を飲む。
 そういえば、今日はまだ食事を取っていない事を思い出し、干した果物を取り出した。栄養摂取のための食料。
「食べる?」
「ううん」
「でも食べないと体壊すわよ」
 強引に差し出すとやっとそれを受け取り、口に含む。
「メイカーは食べないの」
 ぼんやり食べる様子を眺めていると、ヒーラーがつっけんどんに言った。
「ええ……そうね……」
 干し肉はあと何日分残っていただろうか? ビスケットは? この星は水は心配要らないが、気候のせいか植物がキンモク星のものとは大きく違っていて食べられるかどうかの判断をしづらい。
 今食べて、次の星へ経つまでもつだろうか?
 ずっと果物をいじるだけで口にしない私の様子に彼女はいらだった表情を見せた。
「ごめんなさい、後にするわ」
 そう言うやいなや、ヒーラーは勢いよく立ち上がる。
「じゃあもう行きましょう」
「待って、その前に包帯巻きなおすから」
 再び腰をおろしたヒーラーの足元で、私はひそかなため息をついた。
 ヒーラーはあの日からすっかり変わってしまった。
 元々繊細な性格で、こんな性格で戦士としてやっていけるのかとみんな心配していた。
 心配していたけれども、でもまだ大丈夫だと、そんなにすぐに戦わなければならない日が来るなんて思ってなくて鍛えるのを先送りにしていた。
 私は、ヒーラーを甘やかしていたから。
 ギャラクシアの襲来はある意味ではいいきっかけだったのだ、と冷静な自分が囁く。
 前と後で、彼女の顔つきが明らかに違う。使命に対しての真剣味が増した。
 でも、そういうきっかけで真剣になって欲しくはなかった。
 本当はずっと以前のままの、繊細で不安定な所はあるけれどもよく笑う、妹のような彼女のままでいてほしかった。
 そんな考えが甘かったのだと思い知らされた。
「ねぇ、もういいでしょ」
 包帯を巻き終えるとすぐにヒーラーが立ち上がった。仕方なく私も後に続いた。
 細い、傷だらけの背中。


 この星にプリンセスがいる気配はない。
 その判断はどこで下せばいいのだろうか? もし私達が去った後にプリンセスが訪れたらどうすればいいのだろう?
 単純な肉体の疲れに加えて、こうやって延々と悩んでいると精神的にもめいってくる。
「ファイターの方はどうしてるかしらね」
 三人バラバラに行動するという方法もあったけれど、それでは不安だと思い今のように私とヒーラー、ファイターの二手に分かれることにしていた。
 ファイターは戦闘力が高いので一人でもなんとかなるだろうという判断だった。
「わかんない」
 しかし、こうやって二人でいて気まずい空気になるとどうしたらいいかわからなかった。
 以前は……プリンセスといられた頃は、気まずくなっても寝て起きればなんとなく元通りになっている事が多かったからだ。
 でも、今はどうすればいいのだろうか?
「ヒーラー、疲れてない?」
 この問いも何度目だろうか。
 ヒーラーは急に立ち止まり、勢いよく振り返った。
「どうして!?」
 泣くのか、と思ったがこちらを睨みつける彼女の大きな瞳にはその気配はなかった。しかし彼女の声からは悲しみも同時に感じられた。
「あたしだってセーラー戦士よ! バカにしないでよ!」
 突然の言葉に、私の頭が働かない。馬鹿にしてるつもりじゃない、そう言いたいが確かにファイターに対する態度とヒーラーに対する態度は違っていた。
 沈黙を図星だと理解したヒーラーは再び私に背を向けた。
「あたしは一人でも平気だわ! ほっといて!」
 そう言い捨てるとヒーラーは走り出した。
 私の行動が彼女を傷つけていたのは明白だった。追いかける事もできずに呆然と彼女の背中を見送る。
 バカにするな、と彼女は言った。彼女はそう感じたのだ。
「…………」
 こんな時だというのに、立ち上がらなきゃいけないのに、足が動かない。
 体が地面に沈みこんでいくようだ。このまま眠ってしまったらどうなるだろうか?
 気候から言って凍死はしないだろう。ただ、腹を空かせた肉食の動物は襲い掛かってくるかもしれない。
 私はゆっくりと息を吐き出した。
 皇女を守る戦士とあろうものが、自分に襲い掛かる野獣の気配に気付けないわけがない。逆に言えば、気付けなければ結局役目は果たせないという事でいらない存在なのだ。
 私は近くの木の幹にもたれかかろうとしたが、思ったよりも距離があって結局地面に横たわってしまった。
「ああ……」
 鬱蒼とした陰気な森だとしか思っていなかったが、こうして見上げると木々の間から漏れる光が美しい。
 それだけじゃない。
 地面に顔をつけてみて初めてかわいらしい野の花が咲いている事に気づいた。そして葉の上を這うてんとう虫。
 てんとう虫がどこかへ飛んでいくのを見届ける前に私の意識は暗転した。


 ……物音がする。
 人間の足音ではない。おそらく四足の肉食獣だろう。野獣の襲来は予想していた事だったが、一度目を閉じてしまった今となってはどうでもよかった。
 ただ、さっきまで見ていた夢の続きが知りたいだけ。
 生ぐさい息が体にかかる。猫科のものらしい前足が私の腹の上に乗せられた。
 その時。
「スターセンシティブインフェルノ!」
 目を閉じていてもわかる閃光と共に、重みが取り払われた。いや、それよりこの声は。
「ヒーラー!」
 今度こそ泣きそうな顔をして彼女は私の方へ走ってきた。
 どうにか起き上がってヒーラーの華奢な体を抱きしめる。怪我は増えていないようだ。
 そして顔を横へ向けると予想よりも大きな野獣が倒れていた。私はこの華奢な体に護られたのだ。
「メイカー?」
 彼女は大人しく私の腕の中におさまっている。死んだらこの声も、まなざしもなかったのだと今更ながらに感じる。
「怪我してない? ねえ」
「……ごめんなさい」
「どうしてメイカーが謝るの」
 不満そうにヒーラーが言う。
「勝手に走り出したりして迷惑かけたのあたしの方なのに。メイカーの方がずっと疲れてるのわかってたのに」
「でも、それは私が勝手にあなたの事を心配していたからだわ」
「でも」
「……あなたがこんなに強くなってたなんて気付かなかったわ。よくやったわね、ヒーラー」
 そう声をかけると、やっとヒーラーは嬉しそうに、久々に笑顔を浮かべた。


「そろそろこの星を発ちましょう」
「そうね」
 ファイターは簡単に作ったスープをすすりながらあっさりとうなずいた。私と同様に踏ん切りがつかなかったようだ。悩んでいたのが馬鹿みたいで気が抜ける。
「それよりメイカー、すっきりした顔してるわね……よかった」
 ファイターにも心配されていたのだとわかり、少し恥ずかしくなって顔をそらす。
 ヒーラーは眠っているけれど体を冷やしてないかしら? 心配してしまうのはやはりいつもの癖だ。
「メイカーは一度深く悩み出したら突拍子もない行動に出ることがあるから」
 私と同じものを見てファイターはいたずらっぽく笑う。
「ヒーラーと一緒でよかったでしょう?」
「……そうね」


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 大気さんは夜天くんには過保護だったらいいなあという妄想。


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