価値観とは


「お姉さん、クレープ食べませんか?」
「特製焼きそばいかがですか~」
「…………」
 この大学に、こんなに学生がいたなんて知らなかった。
 初夏の日差しが照りつける構内を、俺……氷渡貴史はできるだけ人と目をあわさないようにしながら歩き回る。
 手にはチョコバナナの看板を持ち、……やたらとひらひらしたメイド服を身にまといながら。
「チョコバナナだって、おいしそう!」
 友人とはしゃぐ女子の声に思わず看板を隠しそうになるが、声の主は俺の方なんて目もくれずに歩いて行く。向かう先には、別の団体が出すチョコバナナの店があった。
 ほっとすると同時に、ずいぶん肩に力が入っていた事に気が付いた。
 周りを見回せば、俺と同じようにおかしな恰好をして看板を持って歩いている奴は何人もいたし、女装をしているのにもかかわらず平気で女子に声をかけている奴もいる。
 みんな、この大学祭を楽しんでいる。
 しけたつらで歩いているのは俺だけのようだった。

 ◇

 大学を選ぶ基準は、実家から通える範囲でできるだけ横浜から遠い所だった。
『俺に認められたいなら、音で示せ』
 あの事件……正チェリストに復帰するために、俺が小日向を誘拐してしまった後もあのお方の態度は変わらなかった。
 結局、演奏がすべてだ。
 冥加部長に認められたい一心で、俺は今まで以上にチェロの練習にのめりこんだ。
 もちろん、正チェリストの座を追われる前から俺は毎日必死になって練習していた。しかし、それまでのようにこそこそ隠れる必要がなくなったおかげで、更に練習に時間を割く事が出来た。
 もちろん、必死になってあがく俺の姿を見て嘲笑する人間は後を絶たなかった。正チェリストだったころの俺のふるまいを考えれば当然だろう。
 だが、俺にとって一番大事なのは冥加部長に再び認めていただくことのみだ。他の人間の嘲笑は雑音に過ぎなかった。
 しかし。
『冥加部長、天宮さん、卒業おめでとうございます!』
 当然のことながら、三年生の冥加部長は俺よりも一年早く卒業する。
 そして、俺の音が認められる日はついに来なかった。
 冥加部長も天宮さんも高校生活には何の未練もないらしく、卒業式の日も、盛り上がる周りとは対照的に冷めたまなざしをしていた。
 それでも下級生の立場からしたら室内楽部を牽引するお二人が卒業されるというのに何もしないわけにはいかない。在校生たちは思い思いのプレゼントを用意してお二人にむらがっていた。
 和気あいあい、という言葉とは遠いこの学校だったが、卒業式の光景は普通の学校と変わりないのだなと思いながら俺は遠巻きに眺めていた。
『これ……俺たちで用意した花束です。ね、氷渡先輩』
 気を遣ったつもりなのだろう。七海は冥加部長に花束を渡しながら俺の方を振り返った。涙で潤んだ七海の瞳には悪意などみじんも存在していない。俺は悪態をつきたい気持ちになりながらもかすかに頷いた。
 確かに七海に誘われたので多少金を出したが、部員としての義務を果たしただけだ。あんな事件を起こし、未だに部長に認められるような演奏もできていない俺に卒業に際して何かをする資格などあるはずもない。
『……ほう』
 冥加部長の返事はそれだけだった。
 そしてそれが、俺の最後に聞いた冥加部長の声だった。

 ◇

 もともと音楽を大学に入ってまで続けるつもりはなかったし、横浜には俺の居場所はなかった。
 音楽とは全く関係のない大学を受験し、なんとか合格した。あとはひっそりと四年間を無難にやり過ごし、どこか東京からも離れた所で就職するつもりだった。
 しかし、合格してから初めて知ったのだが、この大学は一年生を高校のようなクラスに振り分け、そのクラス単位で学祭に参加させるのが通例のようだった。名目上は強制ではないので拒否することもできたのだが、ほとんどのメンツが大学祭に向けて盛り上がる中で俺だけ何もしないのはさすがに気が進まなかった。
 大学の連中と仲良しこよししたいわけじゃなかったが、高校のときのように周囲の反感を買ってまで何かに打ち込みたいわけでもない。
 俺は流されるままに出店の店番やら客引きなどのシフトを割り振られ、目立つには仮装だろうと誰かが言い出したせいでこんな恰好をして構内を徘徊する羽目になっている。
「…………」
 人目を気にしながら歩くのに疲れ、屋台の影の人目のつかない所でしゃがみこんだ。
 この大学の学生なのだろうか、私服のグループが楽しそうに笑いあいながら俺の前を通り過ぎて行った。
 クラスの連中も、俺をああいう輪の中に入れたいと思っているのだろう。会話の端々からそれを感じた。
 その中にすんなりと入っていければ楽なのだろうが、本当にそれが正しい事なのか俺はまだわかりかねていた。
 高校の頃の傲慢な自分、暴力で要求を通そうとした卑劣な自分。
 そんな俺に居場所を求める資格はあるのだろうか。
「……氷渡くん?」
 聞きなれない声に顏を上げ、絶句した。
「あんたは……」
 しばらく見ないうちに少し大人びていたが、見間違えるはずもない。
 小日向かなでだった。

 ◇

「今日はこの大学の学校祭だから演奏して欲しいって頼まれたの」
 晴れ晴れとした顔を見ると気持ちよく演奏を終えた後なのだろう。小日向は俺にステージ発表のプログラムが書かれた紙を手渡してきた。
 この大学のオケ部などに混じって、聞き覚えのある名前が並んでいる。
「週末合奏団……」
 俺自身が小日向の主催する合奏団に興味があったわけではないのだが、頼みもしないのに七海がわざわざ、自分もその合奏団に加入しただとか、冥加部長や天宮さんも参加しているのだなどと誇らしげに俺に教えてくれたことがあった。
「……冥加部長もいらしているのか?」
 パンフレットには団体名と曲目しか書いておらず、冥加部長の演奏があったのかどうかも定かではない。
「ううん、用事があったみたい。七海くんは来てるけど、ゲーム同好会の展示見て来るって」
「そうか」
 俺は冥加部長にお会いできなくてほっとしているのだろうか。自分でもよくわからない。
 俺が考え込もうとする前に、楽しげに眼を細めた小日向が矢継ぎ早に話しかけてくる。
「氷渡くんの方は……出店やってるんだよね? その格好かわいいね! チョコバナナ食べに行っていい?」
 女子がなんにでもかわいいという言葉を連発するのは知っているが、そういうのは女子同士だけでやってほしい。こちらとしてはうんざりするだけだ。
「チョコバナナなんてそこの出店にもあるだろ。そっちで買えばいいだろ……」
 そもそも、こいつは俺に誘拐された過去がある癖になんでこんなに馴れ馴れしいんだ?
 俺が文句を言える立場ではないが、頭のネジが一本抜けてるとしか思えない能天気さだ。
「……ついてくるなよ」
 歩き出そうとすると小日向がついて来ようとするのでどうしようか悩んでいると、さらに面倒な展開がやってきた。
「氷渡、彼女か?」
 クラスの奴だった。俺と同じように似合わないセーラー服に身を包んでいる。確かこいつは俺の次のシフトで客引きを担当することになっていたはずだ。スカートから伸びる脚がかなりたくましく、そういえばサッカーをやっていると言っていたなと思い出した。
「昔の……知り合いだ」
 時計を確認するとシフト交替の時間で間違いないようだったので、俺は同級生に看板を手渡した。今日はこれで帰れるはずだった。
「知り合いー? それがわざわざお前に会いに学祭に来たのかよ」
 すがすがしいほどの勘違いをされている。小日向がさきほどと同じ説明を繰り返した。
「へえ、合奏団なんてやってるんだ。もう出番は終わったの? よかったらチョコバナナ食べにおいでよ」
 俺は頭を抱えたくなった。
 できればこれ以上小日向に関わらずまっすぐ家に帰りたかったが、着替えも屋台のスペースに置いたままだった。
 しかたなく三人で歩く羽目になる。
 メイド服とセーラー服の男に挟まれて居心地が悪くないのかと思ったが、小日向は特に気にした様子もない。
「小日向さんは家はこっちなの? ……へえ、そうなんだ。氷渡とは高校の同級生かなにか?」
 半分は小日向に、半分は俺に問いかけるような調子だった。俺はどう答えるか迷って思わず小日向の顔を見てしまい、目が合う。
「高校の部活のコンクールがきっかけで知り合いになったの」
 俺の迷いを感じ取ったのか小日向が答えた。嘘は言っていない。
「コンクール?」
 同級生が不思議そうな顔をする。当たり前だ。俺は大学の奴らには音楽をやっていたなんて一言も言った事がない。出身校くらいは自己紹介の時に伝えたが、横浜天音学園なんて名前は、音楽に興味のないやつらにとっては記憶の隅にも残らないだろう。
「うん。全国学生音楽コンクール。私の学校と氷渡くんの学校でファイナル争いしたんだ」
 小日向にとっては輝かしい思い出なのだろう。しみじみとした口調から満足感がにじみ出ている。
「氷渡の学校……って、横浜なんとか学園だっけ? ファイナルなんてすげえな!」
「俺はファイナルには出てねえけどな」
 低い声で言い返すと、小日向はしまったという顔をした。しかし、同級生の方は気にした様子もない。
「ファイナルにはって事は、大会には出たのか?」
「ああ……まあな」
 地方大会や全国大会で浴びた歓声を思い出し、苦い思いが広がる。結局俺の場は下級生の七海に取って代わられた。
 それでも、同級生は心底うらやましそうなため息をついた。
「いいなー、俺の学校なんて部員が百人近くいたから、試合なんて練習試合で何回かしか出た事ないぜ」
「……そうか」
 さすがの俺でも、正レギュラーになれなかった相手に正チェリストをおろされた事を嘆くのは空気が読めないことぐらいはわかる。
 俺はどう答えたらいいかわからず、俺は曖昧に相槌を打った。小日向も同様のようで、なんとなく気まずい空気のまま俺たちはクラスの屋台に到着した。
 暇なのか、売り子のシフトに入っていないはずのやつらまで屋台の周辺でたむろしている。
「いらっしゃーい」
 妙に間延びした調子で売り子をしていた女子が声を出す。
「この子、氷渡の知り合いだってさ。チョコ増量とかできない?」
「チョコを固める時間があるからそれは無理だよ。……でも氷渡くんの知り合いなんだ。彼女とか?」
 どうして女子の知り合いというとそっちに結び付けたがるのだろう。俺は無視して荷物置き場から自分のカバンを出そうとする。
「いや、部活の大会繋がりらしい」
 代わりにセーラー服の同級生が返事をし、売り子の女子も気にした様子もなく会話をつなぐ。
「部活? 何部だったの?」
「えーっと……ブラバン? だったかな」
 吹奏楽もアンサンブルもオーケストラもいっしょくたにされてさすがに黙っているわけにはいかず、口をはさんだ。
「室内楽部だ」
 室内楽と聞いてもそれがなんなのかよくわかっていない様子だったので、俺は手短に説明する。
「へぇー、なんかすごいね。氷渡くんは何の楽器だったの?」
「チェロ」
 俺は短く答えた。
「ふうん」
 売り子の女子は俺の話の内容よりも、小日向に渡すのにできるだけチョコのかかっているやつを選ぶのに熱心な様子だった。
「あ、私これにします。カラースプレーもいっぱいついてるし」
「はい、じゃあ百円……いいや、サービスして五〇円になりまーす」
 わざわざ俺なんかの知り合いにそこまですることないだろうに、太っ腹な事だ。一応頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます!」
 小日向も礼を述べ、チョコバナナを受け取った。そのまま別の場所に行くのかと思いきやその場で食べ始める。
「おいしい」
 嬉しそうなのは結構な事だが、別にチョコバナナなんてどこで買っても同じだと思う。
「結構売れたか?」
 セーラー服の同級生が金の入った空き缶を覗き込んでいる。小銭も札もごちゃまぜに入ってるせいでどれくらい増えているんだかよくわからない。
「なんか、隣の焼き鶏屋さんの方が売れてるように見えちゃうんだよね」
 実際のところはわからないが、隣の屋台は確かに派手なポップといい、タレの焦げる香りといい、人目を引くのは間違いないようだ。今通り過ぎた男子高校生の集団も何度もそちらの屋台を振り返って見ている。
「氷渡に何か演奏してもらったら俺たちも注目されないかな」
 屋台近くでたむろしていたやつらの中の一人がぽつりと言った。
「は?」
 あっけにとられる俺とは対照的に、クラスメイト達は盛り上がり始めた。
「いいかもな、他の屋台も結構太鼓とか叩いて客引きしてるとこ多いみたいだし」
「……チェロもないし無理に決まってるだろ」
「今日は駄目でも明日とかは? 家にはあるんだろ?」
 確かに俺は音楽をやめたとはいっても、チェロはすぐに処分する決心がつかずに家にまだ保管してあった。
「いや、でも、ずっと練習してねえし……」
「あ、もしかしたら七海くん……知り合いのチェロの子がそろそろ来れるかもしれないし、借りれないか連絡取ってみましょうか? サービスしてもらったお礼に」
 俺は小日向を睨みつけたが、同級生たちは大喜びで頭を下げた。
「礼って言うんならあんたが弾いた方が人目を引くだろ。俺とは違ってファイナルに参加した優秀なヴァイオリニストなんだから」
 皮肉たっぷりに言うと、携帯を耳に当てた小日向は困ったように眉を下げた。
「でもここは氷渡くんのクラスの屋台だし、氷渡くんが演奏した方が……あ、七海くん?」
 小日向が話し始めるのを尻目に俺はため息をついた。
 こんな恰好で七海に再会するなんて地獄でしかなかった。

 ◇

「えっと……氷渡先輩、お久しぶりです」
 案の定、数分後に現れた七海は俺の姿を見てどうコメントしたらいいのか戸惑っている様子だった。
「言っとくが、別に好きでこんな格好してるわけじゃねえからな……!」
「そ、そうですよね! すみません!」
 すみませんってどういうことだ。俺が好きでこんな恰好をしてるとでも思ったのか。八つ当たりをしたい衝動をどうにかおさめた。
「それで、チェロは」
「はい、こちらです!」
 七海からチェロを受け取り、売り子用に用意していたパイプ椅子に腰を下ろす。
 チェロを構えながら、改めて俺の格好を見下ろして情けない気分になった。
 七海が以前と変わらない様子で現れるもんだから、つい自分も高校生に戻ったような気持ちになっていたが、とっくに俺は音楽なんてやめたのだった。
 それでも、久々に持つチェロの感触は悪くない。
「……なにかリクエストはあるか?」
 指ならしに多少弓を動かしてみたものの、いざ何かを弾こうと思うとなにがいいのかわからない。ショパンの別れの曲だのベートーヴェンの運命だのを弾いたって客は寄り付かないだろう。
「あ、じゃあ俺、アイネ・クライネ・ナハトムジークがいいです」
 俺同様、急に言われてもリクエストが思いつかなかったのだろう。クラスのやつらはしばらくざわざわしていたので先頭切って七海が提案する。
「わかった」
 慎重に弓を動かし始める。懐かしいチェロの音色が響きはじめる。
 そういえば七海はこういう華やかな曲が好きだった。こんな俺にも迷いなく好きな曲をリクエストするこいつは素直なんだなと思う。
「見て、あのメイド服の人」
「すごい、チェロ弾いてる」
 チェロを弾いてるくらいでなにがすごいんだ。
 さっきから何か所も間違えているし、久々に弓を持った手は思い通りに動かない。高校生の頃の俺ならもう少しマシに弾けたはずだ。
 それでも、一曲弾き終えた俺にかけられたのは温かい歓声と拍手だった。
「氷渡すごいな!」
「ね、うまくてびっくりしちゃった」
 俺がうまい? そんなはずはない。
 それでも、周りの奴らはお世辞を言っている様子はまったくない。音楽を志した事のないやつらにとっては十分これでうまいのか。
 同級生からさらにリクエストが飛んでくる。
「次はあの車のコマーシャルの曲弾いて!」
「あ……ああ」
 一曲弾いて終わりにするつもりだったのに、俺は呆然としたまま再び弓を握りなおした。
 もちろん、プロに比べたら俺の演奏が不十分だというのはこいつらにだってわかるだろう。
 それでも、音楽とは全く関係のない学科の同級生の演奏としてはこれで十分うまいのか。
 演奏を続けながらさりげなく小日向を、七海を盗み見る。二人とも幸せそうな満面の笑みで俺の演奏を聞いている。
 毎日俺なんかよりずっと優れた演奏家の音を聞いてるはずなのに、俺の演奏でそんな顔をしてくれるのか。
 冥加部長に認められることのなかった俺の演奏でもいいのか。
「氷渡、この前の英語の授業で先生が流してた曲弾けるか?」
 リクエストされたその曲は有名な洋楽で、俺も授業以外の場面でも何回も聞いたことがあったが、あいにく弾いたことはない。
「悪い、あれは弾けねえけど……」
 代わりに、練習した事のある別の洋楽を演奏する。別のアーティストの曲ではあるが、同じくらい耳にする頻度が高い曲だ。
「ああ、これも聞いたことある!」
 流れるメロディに、リクエストした同級生が顔をほころばせる。立て続けに知名度の高い曲を演奏しているおかげか、足を止めている人も増えている。
 俺はひそかに満足すると同時に、普段よりも気負わずに話せている自分に気が付いて驚いた。
「…………」
 複雑な運指が必要な小節に差し掛かり、俺は自分の指の動きと、そこから生まれる音色に全神経を集中させた。
 マエストロフィールドを生み出す事の出来ない俺の音色。
 それでも、こうやって注目を浴びながら演奏していると、俺の音色も十分誇っていいもののように思えてくる。
「氷渡くんおつかれさま!」
 どれくらい弾いただろうか。久々の演奏に疲れて一息つくと、小日向が紙コップに入ったウーロン茶を差し出してきた。
「……これ、隣の店で買ったやつだろ」
 別に売り上げで競っているわけではないのだが、なんとなく面白くない。それでも、冷えたウーロン茶は火照った体を心地よくクールダウンさせる。
 ふと見れば、俺たちの屋台の前には短いながらも列ができていた。
「氷渡のおかげだよ、ありがとう」
 忙しそうにチョコバナナを補充していた同級生が微笑みかけてくる。演奏はもう終わりでいいのだろう。
「あ、ああ」
 いつのまにか、このままずっと弾き続けていたい気持ちになっていた。俺はそんな自分に戸惑いながら七海にチェロを返す。
「ありがとな」
 七海が大切そうにケースにチェロをしまうのを見ながら、俺は部屋にしまってある俺のチェロの事を思った。
 ほこりをかぶったケースの中で眠り続ける俺のチェロ。
「俺、ひさびさに氷渡先輩の演奏を聞けて良かったです」
「そうだな」
 俺も自分の演奏が聞けてよかった。
 神と崇める方には結局認めていただけなかったが、俺は俺の演奏を好きになれそうな気がしていた。
自分の演奏を好きになっていいんだと、やっとわかった。
「なあ、小日向」
 小日向は俺が何を言いたいのかがわかっているかのように微笑んだ。
「俺も……週末合奏団に入っていいか」
 七海が歓声を上げて俺に飛びついてきた。




 ネオロマWEBアンソロ企画に寄稿させていただきました。
 自分が設定した目標に達してないと思っていることでも全くの門外漢からしたら十分誇れる特技で、でも自分としてはそこを褒められてもどう受け止めたらいいかわからない……というような事ってありますよね。
 別に氷渡くんにそこで喜んでもらえる人間になってほしかったわけではないんですが、ただそういう見方があるんだなというのは知ってほしかったなって言う気持ちで書きました。
 あとは、ああいう事件を起こした氷渡くんが冥加に認められることはあるのか? でも、別に冥加に認められなくてもよくない? とかなんとかいう気持ちもありつつ。

公開日:2017/3/14(書いたのは去年の夏ごろです)

BACK...TOP