い いつも叫んでた 「で、それはどうしてなんですか?」 私の突然の告白にも動じることなく大気さんは問い返してきた。 「どうしてって……」 もちろん、そんな答えが来るなんて予想していなかったから私は言葉に詰まる。 「わからないのに、軽い気持ちで告白してきたんですね」 「ち、違いま」 私が言い訳をする前に大気さんはこちらに背を向けた。 「すみませんが、他にも用事がありますので。失礼します」 学校の裏庭は、元々人通りが少ないから告白に選んだ場所だった。 それがよかったのか悪かったのかはよくわからない。 一番近くにあった木の根元に腰を下ろす。 制服が汚れる事も、今はまったく気にならなかった。 木の幹に頭をつけるとごつごつしていて少し痛い。 「…………」 ギャラクシアとの戦いも終わって、スリーライツは火球皇女と共にキンモク星に帰る事になって。 もちろん芸能界も引退し、学校も辞めてしまう。そうなるともう二度と会えなくなるのだ。 『私、大気さんの事が好きです』 それだけの言葉に、もの凄く勇気を振り絞って言ったのに返ってきたのは冷たい言葉。 一緒に戦ったりして、距離が縮まっていたと思っていたのはどうやら私の勝手な思い上がりだったらしい。 用事があるのはきっと本当だろう。 既にスリーライツが芸能界を引退して、学校を辞めるという事はみんなに知れ渡っていたから。 でも、まさかあれだけのやり取りで終わってしまうなんて思わなかった。 「……あ」 涙が出そうになって、慌てて手で乱暴にぬぐった。 そうすると、ぬぐった手の甲が涙で濡れて、さらに泣けてきた。 「うっ……」 他の人に見られたらどうしようだとか大気さんが私に脈がないのなんて当たり前の事だったのにとか、 色々な事が頭の中をぐるぐる回って、胸が潰れそうで、苦しい。 その苦しさを吐き出したくて、そしてこんな姿を人に見られたくなくて、 私はしばらくそのままの姿勢でいるしかなかった。 教室へ戻った時にはもう空は紺色に染まり出していた。 ……紺色はスターライツのコスチュームの色だ。 慌ててその思考を振り払って、ポーチから目薬を出して両方の目に点して目を閉じる。 冷静さを取り戻せるように。 「あれ、水野じゃん」 「星野くん!?」 目を見開いた拍子に目薬がぽろりと頬を伝って落ちる。それを見て星野くんはぎょっとしたようだった。 「ど、どうしたんだよ!?」 慌てて教室の中に入ってくる。 「ううん、違うの。目薬よ」 手のひらの中の目薬の容器を見せると、ほっとしたようだった。 「なんだよ、びっくりさせんなよ……」 星野くんはわかりやすく親切だ。裏なんか絶対になさそうな笑顔を浮かべている。 「水野はこれから用事あんのか? なかったら一緒に帰ろうぜ。送ってってやるよ」 「……ええ」 話をしていれば少しは気が晴れるかもしれないと思った。 「じゃあ行こうぜ」 歩き出す星野くんについて行く。 「部活でもあったのか?」 「え?」 「こんな遅くまでいるなんて、珍しいじゃん。おだんご達とは帰らなかったのか?」 「え、ええ。用事があったから」 「大気とか?」 ずばりと言い当てられ、動揺した。言葉を返せないでいる私には構わず、星野くんが続ける。 「落ち込んでんのは、それで?」 星野くんの声にも表情にも、心配そうな色がにじんでいた。だから、自然と首が縦に動いた。 星野くんの思いやりはいつもわかりやすい形であらわれる。まっすぐな性格なのだ。 少しの間、考え込むように視線を動かした後、星野くんが言った。 「……別に大気だって、水野の事嫌いじゃないと思うんだけどな」 「ほ、本当に?」 聞き返した時の勢いが良すぎて、星野くんがちょっと笑う。 「まあ、俺から見てそう思ったってだけだけど……結構気に入ってるように見えるぜ」 「そうかしら」 声がかすかに震えた。 ああいう出来事の後でさえ、こういう言葉に一喜一憂する自分がいる。 そんな自分を内心で戒めながらも、星野くんの言葉を反芻しながら帰った。 その日の夜、勉強のBGMに、となんとなくラジオをつけた。しばらくしてから始まった音楽番組ではスリーライツ特集を組んでいるようだった。 スリーライツに会えなくなる事を惜しむファンのメッセージ、それに同調する司会者のコメント、そして流れ出す大気さんたちの歌声。 彼らの歌声の裏には、いつもプリンセスを見つけたいという想いがあった。 普段は普通の恋の歌にしか聞こえないけれど、たまにその歌声がものすごく悲痛な叫び声に聞こえてどきっとする事があった。 事情を知ってしまった今では尚更だ。 故郷を思う大気さんたちの歌声。 私は勉強をする手を止めてしばし聞き入っていた。 翌日、授業が終わった後に再び裏庭へ足を向けた。 そうしたら私が昨日泣いていたのと同じ木の根元で大気さんが眠っているのが見えた。 勿論、気まずくてすぐに立ち去ろうと思ったのだが、寝ている大気さんの頭に枯れ葉がついているのに気付いた。 気付いたら、そのままにはしておけなかった。 でもそれは単なる言い訳で、ただ側にいたかっただけかもしれない。 音を立てないように近寄って、手を伸ばす。 「……なにか、御用ですか?」 ぱっちり開いたつり目がちな瞳が私を見上げる。 枯れ葉は、大気さんが体を起こした拍子に地面に落ちてしまった。 「やっぱりゆっくり寝させてもらえない物なんですね」 「す、すみません……」 でも、大気さんは立ち上がろうとはしない。座ったままで私の瞳を見つめる。 「大気さん?」 落ち着かない気持ちになって、彼の名前を呼んだ。 「知ってましたか? ……ここって図書準備室から見えるんですよね」 大気さんの視線を辿ると、窓越しに見える分厚いカーテン。 それは知っていたけれど、 放課後にそんな部屋に入る人は委員会のある日以外滅多にいないので思い出しもしなかった。 「目、少し腫れてますね」 「!」 そんなわけはなかった。今朝だって何度も鏡を見てから登校したのだ。 でも、大気さんが指摘したいのは目が腫れてるとか赤いとかそういう事ではなくて。 「ど、どうして」 「先生に転校する前に色々蔵書を見て置きたいと言ったら、快く鍵を貸してくれましたよ」 その言葉に、かぁっと血が頬に集まる。 「見てたんですか……?」 「ええ」 簡潔に、そっけなく答えられる。でもその大気さんの顔は、困っているようにも見えた。 「どうして、あなたがそこまで私に執着しようと思うのか、よくわかりません」 私の返事を待たずに大気さんが続けた。 「今までのあなたに対する態度だって友好的というわけでもない。これから再会できる保証もない。 どうして、あなたは私に対してああいう気持ちを抱くようになるんです」 言い終えた大気さんの瞳が戸惑うように揺れている。きっと、こんな事まで言うつもりはなかったのだろう。 あのまま帰ってしまいたかったのだろう。 そうすれば私の大気さんへの思いも簡単に消えてしまうだろうから。でも。 「私、大気さんは本当はとても優しい人だと思うんです」 うさぎちゃんに冷たく接したのも、星野くんを大事に思う大気さんの優しさ。 私を冷たく突き放したのも、キンモク星に帰らねばならない大気さんの優しさ。 地球に骨を埋めるわけにはいかないから、その優しさは大抵真逆の方向で現れる事が多いけれど。 「私は優しくなんかないですよ」 「優しくない人が星野くん達に慕われるとは思いませんから」 大気さんが二の句を継げないでいるうちに、私は続けた。 「大気さんは仲間だと認めた人には優しい人です。そんな大気さんの優しさを、私にも向けて欲しいと思ったんです。……それが、好きになった理由です」 最後の方になると、さすがに恥ずかしくて消え入りそうな声になった。けれど大気さんにはちゃんと聞こえていたらしく、眉を少し寄せて難しい顔になった。 「でもね、水野くん。あなたが私にどんなに強い思いを持とうとも、キンモク星に帰ってしまうのには変わりないのですよ」 「でも、もうこれで一生会えないわけじゃないでしょう?」 いつかまた彼らが地球に来る事もあるかもしれないし、その逆だってありうるだろう。 「大気さん。あなたの気持ちを教えてください」 言い募ると、大気さんは諦めたようだった。 「あなたって、大人しそうな外見の割に結構頑固ですよね……」 でも、その声色も表情も非難している様子はなく、むしろどことなく嬉しそうにさえ見えた。 大気さんの瞳がまっすぐに私をとらえる。 「今まで出会った人の中で、一番尊敬しています。あなたがキンモク星の人ならよかった」 「わ、私もそう思います」 それしか返せない自分がもどかしい。でも、それが精一杯だった。 私達が同じ星の人間だったら良かったのに。 何度も思った事だった。それは実現不可能な夢だったけれど、お互いが同じ夢を見ているのなら少しは報われる気がした。 「……せめて、再会できる事を祈っています」 ゆっくりと近づいてくる大気さんの顔。反射的に瞼を閉じた私の額に、やわらかな感触があった。驚いて目を開けると、大気さんは照れくさそうに頬を染めていた。 帰り道の空は、夕焼けの橙と雲の青が混じって不思議な色彩を作り出していた。 「綺麗な色ですね」 大気さんの見つめる空の向こうには、キンモク星がある。 「ええ」 キンモク星の空の色はどんな感じですか、とか聞きたかったけれど何だか聞けなくて、 地球の空の色に見惚れる大気さんとそのまま無言で歩いた。 やがて、別れ道に到達する。 「それじゃあ、お気をつけて」 「はい」 「また明日」 曲がり角の向こうにあの長身が見えなくなって、随分視界が寂しく感じた。手を額に当てて目を閉じる。まだ感触がリアルに思い出せる。 「……あ」 道沿いの家が窓でも開けているのだろうか。 どこからか、スリーライツの曲がかすかに聞こえてきた。 / ----------------------- + * + ----------------------- /
大気さんは告白したのが他の人だったら「そうですか、ありがとうございます」で済ませそうだけど 亜美ちゃん相手だったら過去の引け目もあってネチネチ追及しそうだなーとか思っています(笑)。 |