source of anxiety 電話が鳴っている。 面倒だったので放っておこうと思ったが、 鳴り続ける電話が鬱陶しくなって結局大気は受話器を取った。 「もしもし」 『水野です』 電話の相手は今最も話したくない相手だった。 「……すみません、今手が離せないので」 適当な理由をつけて受話器を置き、 大気は先ほどまで座っていたソファに再び腰をおろして詩集を開く。 敵の攻撃からセーラームーンをかばって星野が負傷してから数日経つ。 あれから何度となく彼女達は大気や夜天に接触してくるが その度に彼らはそっけない態度を取り続けていた。 それでも彼女達は何度でも話し掛けてきて……。 「…………」 近頃起こる頭痛が決して体調不良に由るものではない事はとうに自覚していた。 「それでは、行ってきます」 「車に気をつけろよー」 明るく星野が笑う。 部屋の扉を静かに閉めると、何となく重苦しい気分になった。 「……はあ」 「なんです夜天、ため息なんかついて」 原因はわかっていたが、あえて大気は聞いてみた。 「大気は何とも思わないの? あの子のせいで星野がケガしちゃったってのに、 あの子達をかばうの?」 慣れない星での、慣れない生活。 それに加えて孤立無援のこの状況。 元々神経質だった夜天を過敏にさせるには充分すぎるほどだった。 大気は微笑んで涙ぐむ夜天の頭を撫でてやった。 「そういうわけではありませんよ。私の仲間はあなた達だけです」 「うん……ごめん」 「何謝ってるんですか。さ、行きましょう」 「うん」 やっと安心したような表情になった夜天の手を引いて大気は歩き出した。 昨夜からの頭痛はまだ治まりそうもなかった。 逃げ回っていても問題が解決するわけではない事には気付いていた。 一度、正面から向き合って話し合う必要がある事にも。 自分1人だけの方が話しやすいだろうという判断から 夜天にはこの時のために先に帰らせておいた。 一応図書室や体育館などを見て回ってから教室へ戻ると、 そこには予想通りの人物がいた。 「誰かをお探しですか?」 声に出してみるとわざとらしい口調だと大気は思った。 亜美が誰を探しているのかなんてわかっている。 警戒しているような調子で亜美が口を開く。 「え、ええ……夜天くんは一緒じゃないんですか?」 「夜天は帰りました。なにか用事でも?」 どことなくほっとしたような亜美の顔を見て、 大気は自分の判断が正しかった事を確信した。 「いえ、違うんですけど……大気さんに用事があったんです」 「ちょうどいい。私もあなたに話したい事があったんですよ」 「お話、ですか」 「すぐ済みますから」 亜美は表情を曇らせていたが、やがて決心したように頷いた。 ゆっくりと大気は話し始める。 「私たちのプリンセスは強く優しいプリンセスでした」 もし自分達のプリンセスが火球皇女以外の誰かだったら、 きっとこんなに熱心にプリンセス探しをする事はなかったのだろう。 そう思って、少しだけ目を細める。 過ぎ去った頃を思い出して。 だがその一瞬後に辛い現実の事を考えて厳しい顔になる。 「そのせいか戦争などで星を追い出された人々がキンモク星に逃げ込む、 などと言う事も珍しくありませんでした」 あの頃は自分達も、目の前にいる少女のように甘い考えの持ち主だった。 世界中の人全てが善人だなんて……思っていたのだ。 馬鹿馬鹿しい幻想に囚われていたあの頃も確かに幸せだったけれど。 わざと淡々とした調子で大気は続けた。 「長く平和が続いていたから、私たちの感覚も鈍っていたんでしょうね。 ――彼らの中に、ギャラクシアに手引きしたものがいたのです」 亜美の顔が一気に赤くなった。 「でもっ、私は……」 何かを言おうとして亜美は口を開いたのだろうが、 それは結局言葉にならなかったようだ。 視線を落として力なく呟く。 「私は……」 そんな亜美に追い討ちをかけるように大気は一気にまくしたてた。 「あなたが私たちに害を成す者でないと主張したいのなら、もう近付かないでください。 プリンセスを探しに来たセーラー戦士の事などは忘れてください。 ……それではお元気で」 聡い彼女には「もう会わない」というメッセージは伝わった事だろう。 大気は帰るべく教室を出て行った。 階段を降りていく大気の背中に必死の叫びが投げかけられる。 「まっ、待ってください!」 「まだ何か?」 問い掛けてみても、亜美自身何を話したいのかがまとまっていないらしく なかなか口を開かない。 「無いのなら私は帰ります」 背を向けると、慌てた様子で亜美が階段を降りてくるのが足音でわかった。 「待ってください」 亜美に制服の裾を掴まれて、大気は微苦笑した。 そうでもしないと逃げられるとでも思っているのだろうか。 だが、亜美の口から出た言葉には目を丸くさせられた。 「私たちの事を信じてください」 「水野くん……」 先ほどまで自分が話していたのは一体なんだったのか。 そう思って振り向くと亜美の目には涙が浮かんでいて 何も言えなくなってしまった。 「泣かれても困ります」 冷静さを装って言ったはずが、あまりうまくいかなかった。 「無理なのはわかってるんです、あたしだって同じ状況になった時に 無条件に人を信じられる自信はありません」 だったらどうして、とは訊かずに続きを待つ。 ひたむきな亜美の声が静かに響いた。 「でも、故郷から遠く離れた星で誰も信用できる相手がいないでいるのって、 そんなのって、淋しいと思うんです……」 一瞬、ほんの一瞬だけ訴えに心を動かされそうになった自分がいる事に 大気は動揺した。 あろうことか「あなた達を信用します」とさえ言い出してしまいそうになったのだ。 だが、すんでの所で思いとどまった。 『あの子達をかばうの?』 涙をためて食って掛かった夜天の表情が蘇るのだ。 彼女達の味方をするというのは、仲間への裏切りに繋がるような、そんな気がした。 「……あなた達の事は信用するわけにはいきません」 できるだけそっけなく言い放ち、 制服を掴んでいた彼女の手をゆっくりと剥がす。 「仲間を裏切りたくはありませんから」 大気は仲間の待つ家へ帰ろうと歩き始めたが、 後ろから感じる視線が痛くてそのまま歩き続ける事はかなわなかった。 亜美の涙と夜天の涙、それらが交互に脳裏に浮かんでは消えて。 ……夜天、すみません。 「家まで送ります。……スリーライツが女性を1人で帰したとあっては、 人にあわせる顔がありませんから」 「大気さん……」 言い訳がましい一言を彼女はどう取ったのだろう。 自分の気まぐれを呪いながら大気は再び歩き出した。 いつの間にか頭痛はやんでいた。 夜天くんファンの方ごめんなさい、って感じでしょうか(前半部分)。 でも私の中の夜天くん像はこんな感じなんです……。 色々語りたい所もあるけれど以下略。 実はこれ夜天大気なんじゃないかと言われても 否定できないのが辛いです(笑えない)。 BACK |