永遠の感情 尊敬する人はセーラースターメイカー。 一度も会った事のない、憧れの人。 青天の霹靂とはまさにその時の事を言うのだろうと思う。 「……え?」 思わず間抜けな声をあげてしまったのは、 たった今聞かされた話の内容がにわかには信じがたいものだったからだ。 「も、もう一回、言ってくれない?」 「だから、あんたもセーラークリスタルの持ち主だったんだって」 自分とは縁のない単語に頭が固まってしまう。 それには構わずに母は続けた。 「明日、王宮の人が迎えに来るそうよ」 頭の中が真っ白になりそうだった。 一睡もできないまま夜が明けた。 王宮からの迎えとやらは本当に来た。家の前でこの星の偉い人達が待っているようだ。 「本当に現実なのかな……」 荷物の中身を確認しながらあたしは呟いた。 名誉あるセーラー戦士だなんてあたしには荷が重過ぎる。確かに、なれたらいいなって夢見た事はあったけれど、夢は夢。 実現するなんて思った事はなかった。 すでに同じ地域出身のセーラー戦士が見つかっているのも憂鬱な気分により一層拍車をかけている。 セーラースターメイカー。 彼女はあたしの憧れだったのだ。 一度も会話をした事はなかったが、彼女の理知的な顔立ちや年もほとんど同じなのに大人びた姿はあたしに憧れの感情を抱かせるには充分だった。 だが、そのうち彼女は王宮に行ってしまって姿を見る機会もなくなってしまい、 あたしは彼女がよく本を読んでいたという図書館に通いつめて詩集の挿絵を眺めてばかりいた。 そして王宮の方を見やってはため息ばかり。 ――あたしもあそこへ行ければなあ。 憧れるばかりで一度も言葉を交わした事がない相手にそこまで執着するなんて バカバカしいとは思ったけれどもどうしても憧れは捨てられず、日課はつい昨日まで続いた。 そしてそうやって図書館で王宮の事を考えている間に、王宮からの使いが来たらしい。 「…………」 なんだか図書館にいた時の事が遠い昔の事のようだ。 少しだけ、このままここに居続けたいと思った。 「もう支度できた?」 「う、うん」 心の中を見透かされているようなタイミングだ。観念するしかない。 それに、火球皇女をお守りする戦士の仕事は、とても名誉あるものなのだ。 「それじゃあ、行ってきます」 馬車に一時間ほど揺られた後に王宮につくらしい。 と、プリンセスのお付きの人が親切に教えてくれたけれど、あたしは正直言ってそれどころではない。なぜなら。 「あたしはセーラースターファイター。どうぞよろしく」 「私はセーラースターメイカーよ。家、近所だったんですってね。よろしくお願いします」 「どっ……どうぞよろしく……」 先輩2人が一緒だなんて全く聞かされてなかったあたしは緊張して死にそうになっていた。 顔は真っ赤、体はがたがた震えていてちょっと見ただけでもそれとわかるような状態なのが更に恥ずかしかった。 「そんなに緊張しなくてもいいのよ」 「そうよ。あたし達、これからは仲間なんだから」 2人はそう言ってくれたが、やはりあたしにはただコクコク頷く事しかできなかった。 「ふう……」 描きかけのスケッチブックを開いたままあたしはため息をついた。 メイカーに会える事だけが王宮行きに対する唯一の楽しみだったが、現実は毎日の戦闘訓練や歴史などの勉強でそれどころではなかった。 日々のスケジュールをこなすだけで精一杯。 今まで甘やかされていたツケが一気に来た、という感じだ。 「いい絵ね」 そんな事を考えてぼんやりしている時に突然声をかけられ、驚いて画材を取り落としてしまった。 悲鳴をあげずにすんだのがせめてもの救いだ。 「どうぞ」 「ありがとう、メイカー……さん」 「呼び捨てでいいわ。年も近いんだから」 そう言うとメイカーはあたしの隣に腰をおろした。 「絵はよく描くの?」 「は、はい」 たまの自由時間、あたしはよく外で風景画を描いてすごしていた。 何をすればいいのかがわからなかったのもあるが、王宮からの風景なんて普通に生活していてはそうそう見れない。 だから形に残しておきたかったのだ。 「メイカーもよくここに来るんですか?」 「私はそんなには」 だったら、今日ここで会えたのは運がいい事なのだろう。 そう思って笑みがこぼれたのを誤解してか、メイカーは表情を曇らせた。 「私がここにいるのは嫌?」 「別にそういうわけじゃない、ですけど」 むしろ大歓迎、なんて事はさすがに言えずにあたしは絵を描くのを再開した。 昨夜からの雨も上がり空は綺麗に晴れ上がっている。 しばらくしてから、まっすぐに風景を眺めていたメイカーが口を開いた。 「本当はね、あなたの事が心配だったのよ」 「どうして?」 目を丸くしてあたしが尋ねると、メイカーは少しだけ苦笑した。 「私たちよりもひとつ年下だし、ここに来たのも遅かったので仲間に入り辛いと感じているのではないかと思って」 「そんな事は……」 「その割には、あまりあなたから話し掛けられた覚えがないのよね」 そう言ったメイカーの横顔が淋しそうに見えたのはうぬぼれだったんだろうか。 「ごめんなさい……」 「別にあなたが謝る事じゃないわ」 メイカーはそう言ってくれたけど、それでも彼女に淋しそうな顔をさせたというのはとても申し訳なく、辛かった。 必死で口を開いた。 「確かにあたしはメイカーに話し掛けた事は一度もなかったけど、」 「けど?」 こちらをまっすぐに見つめるメイカーを直視できなくてあたしは慌てて俯いた。 「でも、それは、メイカーの事が苦手なんじゃなくって、あたしはずっとメイカーに憧れてたから――」 愛の告白より何よりも恥ずかしい瞬間だったと後になっても思う。 あたしの顔は火が吹き出そうなほどに赤かったし、 そっと伺ったメイカーの切れ長の瞳は驚くほどまんまるになっていた。 それでも、メイカーは微笑んで言ってくれた。 「……ありがとう」 あたしの頭を撫でるメイカーの手はとても優しかったけれど、子ども扱いされているようで少しだけ切なかった。 いつか、この人と対等な立場に立ちたいと思った。 「……天。夜天」 「あ……」 目を開けるとそこには大気の顔があった。 「もう家につきましたよ」 眠気のせいでまともに機能しない頭をフル活動させているうちに、やっと歌番組の収録の帰りだった事を思い出す。 いつの間にか疲れて眠ってしまっていたらしい。 「なんだか楽しそうな寝顔でしたけど、一体どんな夢を見ていたんですか?」 「教えない」 シートにもたれかかりながら答える。 一度寝たのにまだ眠たくて、放っておいたらこのまま眠れそうだ。 「ほら、ちゃんとベッドで寝ないと風邪引きますよ」 「うん」 そう言って歩き出す僕の頭を、まるで子供をあやすようにぽんぽんと軽く叩いて大気も歩き出す。 「またそうやって子ども扱いして」 キンモク星にいた頃はともかく、一応この日本では同学年、という事になるのだ。もうちょっと対等に扱ってもらいたい。 「そんな風にむくれているうちはまだ子供だと言う事ですよ」 くすくすと大気は笑い続けていたがふと遠くを見つめるようにして言う。 「でも、まあ、初めて会った時からは確実に成長していますよね」 「本当?」 「嘘なんかつきませんよ」 そう言ってまた大気は微笑んだ。 尊敬する人はセーラースターメイカー。 あれから何ヶ月も経って、2人と普通に会話ができるようになった今でさえも。 そして、これからもなのだろう。そんな気がした。 ヒーラーがメイカーさんに憧れてるといいなー、とか思って書きました。 BACK |