雨降り


雨が降っている。
机に頬杖をついたまま京は視線だけを窓の方へ移動させた。
京は雨は好きではなかった。
なんだか薄暗くなるし、傘を持たなきゃいけないのが不便だし、
出かけるのにもうっとうしいし、気分は滅入るし……。
指折り雨の憂鬱な条件を数えていた京は、更に嫌な事に思い至った。
朝起きた時、空は真っ青……とまではいかないが
きれいな青空を見せていた。誰がこの天気を予想しようか。
いや、あの生真面目だけがとりえの幼なじみは予想していたのだろうが、
(というよりも出発前に天気予報を見たに違いない)
そんな彼とは正反対の道を行く京はまったく予想していなかった。
そして更に悔やまれる事は、
昨夜その生真面目な幼なじみとちょっとした口論をしてしまった事だ。
こういう時、普段の京ならばまっさきに彼に頼る。
年上としては少々情けないが、気心の知れた相手である分
頼れる相手として一番初めに思い浮かぶのだ。
口論さえしていなければ、彼と2人傘に入って濡れずに帰る事も出来たろうに。
本当は素直に仲直りでもすればいいのだろうがそれも癪だ。
京は教壇にいる教師には気付かれないようにため息を吐き出した。
今は五時間目。終わった後は帰りの会。
今日は職員会議のある水曜日で、完全下校。
どうやら濡れずに帰ることは不可能のようだった。


悪い時には悪い事が重なるものだ。
生徒用玄関の、下駄箱の前でばったり喧嘩した張本人と出くわした。
やはり傘を持っている。
いまいましい事に折り畳みではない普通の長い傘だ。
鞄に入れっぱなしにしておいたわけではなく、
きちんと天気予報を見て傘を用意して出かけたのだろう。予想通りだ。
何故この幼なじみはこうまで几帳面なのだろう。子供らしくない。
(かくいう京だってまだ小学生なわけだが)
顔を見ているだけで腹が立ってきたので、
京はぷいっとあからさまに視線をそらした。
彼は傷ついただろうか。
見えないので(勝手に見ないだけだが)わからないが、
なんだかそんなような気がした。
しかもあからさまに目をそらしてしまった以上、
こちらから話し掛けるのもやはり気まずい。
彼が下駄箱から靴を出す気配がする。
そもそも、喧嘩の原因はなんだったろうか。
確か、ちょっとむちゃくちゃな事を言って、それをたしなめられて、
それでカチンと来て言い返したのが原因だった気がする。
『なによなによ年の割りに大人ぶっちゃって! バーカ!』
……ちょっと言いすぎてしまった気もする。
そうだ相手はまだ3年生なのだ。
こっちが大人にならなくてどうする。
とりあえずさっきまでの気まずい思いは無視する事にして顔をあげた。
「い、伊織!」
どもってしまった。かっこ悪い。
そのかっこ悪さを払拭すべく無意味に胸を張った。
「……なんでしょう」
外靴に履き替えようとしていた伊織がゆっくりとこちらを見る。
「…………」
冷静な切り返しに言葉に詰まった。
どう言えばいいのだろうか。喧嘩した後はいつも気まずい。
「……いい天気だね」
「雨降ってますよ?」
せっかく仲直りしてやろうと思ったのに生意気な、
とカチンと来たが言い返さないでおく。
昨日もこれで喧嘩してしまったのだ。
「……傘、忘れちゃって。入れてって、くれない?」
途切れ途切れに言ったのは気まずかったからだ。
「いいですよ」
悩んだのが馬鹿みたいに思えるほどさらりと言ってのける伊織の横顔も
なんだかホッとしたように見えた。
やはり彼も気にしていたのだろう。
「うん……ありがとう。ごめんね」
「いえ……」
いつもこれで喧嘩は終了。
そして二人で仲良く帰った。





ごみ箱部屋に一度書いたものをサルベージ。
なんか読み直してたらちょこちょこ書き直したくなって。
やっぱりもったいないし。


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