098:墓碑銘


『……よかった。本当に、良かった……』
 思い出すだけで胸が痛くなるようなあの日から、一週間。科学部はいつもと変わらぬ様子で活動している。
 そして、河合さんも。


「こんにちはー」
 俺はいつも通りに科学室の扉をノックする。
 もう受験間近で引退したのに科学部に入り浸るのもどうかと思うが、 俺達が卒業した後もちゃんと後輩達がやっていけるように指導をしておきたい。
 そう思って俺は毎日科学室に顔を出している。
 むしろ一、二年の頃よりも活動熱心かもしれない。
「……あれ、他のみんなは?」
「まだみたい」
 科学部にいるのは同じく既に引退したはずの河合さん一人だった。
 彼女も後輩の指導をしに来たのだろうか。
 俺は仕方なく手近な所から椅子を引き寄せて座る。
 不慣れな一年生相手ならともかく、河合さん相手に指導をするなんて釈迦に説法。むしろこっちが指導される立場だろう。
 する事もないのでそのまま河合さんを眺める。
 彼女は数学の勉強をやっているみたいだ。開かれた問題集からそれとわかる。
 ただの勉強なら家に帰ればいいのに、とは思わない。
 高校生活の三年間の間で、この科学室が自宅の自分の部屋と同じくらいくつろげる場所になったのは俺も同じ事だ。放課後、毎日のようにここに通っているのはそのせいもあるのだ。
 俺も勉強をしようかと、現代文の教科書を開きかけてふと河合さんの側に置かれた木製の箱に気付く。
「その箱、なに?」
 位置からして河合さんの物だろうと見当をつけて聞いてみた。
「これ?」
 俯いていた顔をあげてこっちを見た河合さんはちょっと寂しそうな顔をした。
「ふりくたーのお墓なの。正確には棺桶だけど……」
 そう言って、木の箱の蓋を取って開けて見せてくれた。
「河合さん……」
 中を見て、一週間前の出来事を思い出す。
 今までずっと河合さんの命令を聞かなかったふりくたー。
 それが初めて彼女の命令を聞いた、あの日。
 トラックにはねられたとはいえ、『絶対死なない体で取り戻す』という意気込みで造られていたふりくたーはやはり頑丈に出来ていたらしく、 やわらかい布に包まれたその残骸はまだ原形を残していた。
「ふりくたーのお葬式しようと思って持ってきたの。あなたにはずっと見守っててもらってたし、ふりくたーの事で色々実験してたし、家でするより学校でしたいなって思ったから……」
「そうだったんだ……」
 胸が痛くなって、蓋をしようとした俺の手を河合さんが押さえる。
「でもね、もう一つ理由があるの」
「……?」
 目線でその先を促す。
「ふりくたーは……もう、自分の事を忘れて欲しいみたいだったけど、でも、私はふりくたーの事忘れるなんて出来ないの」
だからね、とひとつひとつ丁寧にふりくたーの残骸を取り出す。
「使える部品は全部他のメカに使ってあげたいの。機械のふりくたーだって大事な私のペットだもん……生き返らせたいよ」
 黒ぶちのメガネの向こうの河合さんの瞳がまたたく間に潤む。
 つられて目頭が熱くなってくる俺も、彼女も最近涙もろいのかもしれない。
「手伝う事あったら、何でも言ってよ」
 自然とそんな言葉が口から出ていた。ふりくたーの制作にずっと関わっていた人間として、当然の台詞だろう。
「それじゃあ、まず棚の上の工具箱取って」
「アイアイサー!」
 おどけて返事をして、棚の上に手を伸ばす。
 作業は下校時刻を過ぎるまで続いたが、全く苦ではなかった。


 後日談だが、使える部品を全て取ったふりくたーの残骸は河合さんと2人で考えた立派な墓碑銘と共に再び木の箱の中に埋葬した。
 今は河合さんの部屋の机の上で眠っているらしい。
(さらに後日談だが、「ふりくたーの部品を使って作ったのv」と
目覚し時計をプレゼントされた。……そんなに寝坊してたかなあ、俺?)





キャラはそんなでもないけど
ストーリーイベントは河合さんのが一番好きなんです。
すごく切ない話だと思うのです。
でもって書いたこの話。やっぱりテーマと絡まないですね。


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