085:コンビニおにぎり


よく晴れた日曜日。
こんな日には花壇の手入れをするのが一番だ。……と思う。
今日は園芸部の活動日ではなかったが、
自主的に部活動をするのもいいだろう。
そういうわけで、今僕は園芸道具を取りに行くために
静まりかえった廊下を歩いているのだった。
「守村くん、どうしたの? 忘れ物?」
被服室を通り過ぎる時に、急に声をかけられて驚く。
声のした方を見ると、肩の辺りで切りそろえられた
赤茶の髪が印象的な女生徒が被服室から顔を覗かせていた。
多分手芸部の活動中なのだろう。
親しい相手だった事にほっとしながら返事をした。
「いえ、学校の花壇の様子を見に来たんです。
せっかくいいお天気なんだし、色々やっておこうかと」
「そうなんだ。頑張ってね」
さわやかな笑顔でそう返されて、僕は嬉しくなった。
「そちらも頑張ってください」
僕はそう言って、倉庫へ向かった。


校庭の花壇からはテニスコートがよく見える。
休憩するたびに何となくそちらの方へ目をやってしまう。
今、コートの端で柔軟体操をしているのは須藤さんだろうか。
彼女とも随分親しくなった、と僕は思う。
高等部に入学したばかりの頃は須藤さんのような人とは
仲良くなるどころか、話をする機会すらないんじゃないかと思っていた。
……それが今では。
ふと時計を見ると、そろそろお昼の時間だったので立ち上がった。
今日は日曜日なのでお弁当は持ってきていない。
代わりに、ここに来る途中でコンビニに寄って
おにぎりとペットボトルのお茶を買ってきた。
おにぎりは三つ入りのを選んだので充分足りるだろう。
あまりたくさん食べるたちではないので、充分すぎるほどだ。
僕は花壇の脇に座ったまま昼食を開始した。
テニス部の方も昼休みに入ったらしい。
緑色のフェンスにかこまれたコートから出てくる生徒が目立ってきた。
生徒の流れを目で追いながら、お茶を飲もうと
ペットボトルに手をかける。
「あれ……」
蓋が固くて開かない。
ビンの蓋だったら暖める所だが、ペットボトルにそれが効くのだろうか。
輪ゴムでもあれば巻くのだが。
結局、素手のままでそれと格闘していると
目の前に誰かが立ったらしくさっと影が落ちた。
「須藤さん」
もうお昼ご飯は終わったのだろうか? と考えた僕の頭は
どうなっているのだろうか。お昼休みからまだ十分も経っていないのに。
「ちょっと貸しなさい。瑞希が開けてさしあげるわ」
須藤さんの不機嫌そうな顔におされてペットボトルを素直に渡す。
彼女は僕の隣に当然のように腰を降ろし、ペットボトルの蓋と格闘を始める。
しょうがないので僕は食べかけのままだったおにぎりを食べる事にする。
「……開いたわよ」
誇らしげな顔で彼女が言ったのは、
僕が一つ目のおにぎりを食べ終えた頃だった。
「ありがとうございます」
笑顔で受け取って、それに口をつける。
炎天下で照らされていたせいかちょっとぬるかったが、まずくはない。
「それはそうと、須藤さんはお昼ご飯は?」
「持ってきてない」
再び不機嫌そうな表情になった。僕は少しだけたじろぐ。
いつもいる執事の人と喧嘩でもしたのだろうか。
でもそれを聞くと彼女をさらに怒らせる結果になるだろう。
だから、僕は質問する代わりにおにぎりの入ったパックを差し出した。
「あの……、おひとつ、いかがですか?」
彼女は一瞬目を丸くした後、嬉しそうに頷いた。


「だから、今度返すって言ってるじゃない! どうして駄目なのよ?」
「絶対駄目ってわけじゃないですが……」
「じゃあいいじゃないのよ」
「僕だっておなかすいてるんですってば」
先ほどからこんな会話を繰り返しているような気がする。
僕はため息をついて喧嘩の原因を見た。
赤い入れ物にちょこんと乗っている一つのおにぎり。
これのせいでこんなに言い争う羽目になるなんて思っても見なかった。
「大体、あなたが三ついりのおにぎりを買ってくるのが悪いのよ!」
そう。
僕たちは最後のひとつをどっちが食べるかでもめているのであった。
くだらない事だと自分でも思う。
だから、僕はため息をついてからおにぎりを半分に割った。
「半分でもいいですよね?」
「良くてよ。当然、半分にした方が後に選ぶんですものね?」
そう言って、須藤さんは大きい方のおにぎりを僕の手から奪い取った。
「あ……」
「我慢なさい! 瑞希はテニス部なんですからね?
大きい方を貰うのは当然なの!」
「そ、そうなんですか……?」
納得いかない。
でも不満を口に出すわけにはいかない。気がする。
それに彼女の言うとおり、
運動量の多い方がカロリーを多く取るのは当然だろう。
たとえ僕が午後から重いスコップを振り回して
花壇の手入れをする予定だったとしても、だ。
僕は無言でペットボトルのお茶を飲んだ。
それもよこしなさい、と言われるかと一瞬危惧したが、
さすがに間接キスには抵抗があったらしい。
須藤さんは飲み物なしのままでコンビニのおにぎりをかじり続けている。
「おいしいですか?」
「瑞希が普段食べているお弁当の方が、十倍おいしいわ」
その答えは予想の範囲内だった。
だから「そうでしょうね」と無難に答えておいた。
「でも……」
これは予想の範囲外。
僕は須藤さんの顔をまじまじと見つめてしまった。
「こうやって外で食べるって言うのはいいものね」
須藤さんはこっちを見てにっこり微笑んだ。
「また、ご一緒してもよくて?」
僕でいいんだろうか、と思う間もなく返事をしていた。
「もちろんです!」
その答えに須藤さんは満足そうに頷き、コンビニのおにぎりを
再び口に運んだ。
明日も晴れるといい。花壇の花も生き生きする事だし。
集合時間がくるまで、僕たちはそうやって日向ぼっこを楽しんでいた。

本当に僕たちは随分仲が良くなった。





フランス語はさっぱりです。
瑞希ともりりんの馴れ初め(馴れ初めじゃない)話も
作りかけてはあるのですが作りかけのままです。
いつかアップしたいものです。


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