084:鼻緒 「いったー……」 あまりの痛みに立っていられなくて、アタシは夜道にそのままうずくまった。 目の前を横切る黒猫。 「…………」 嫌な気分になって足の方に目をやった。 今夜の花火大会に備えて、アタシはばっちり浴衣を着てきた。 足元もそれにあわせて草履を履いてきた。 それが仇になったのか、花火大会の会場についた時に 草履の鼻緒が取れかけてしまっていたのだ。 お母さんのお下がりだったのが良くなかったのかもしれない。 そして、一旦帰ろうかと思って引き返したら転んで、 足首をひどく捻ってしまったのだ。 しばらくは立てそうになく、アスファルトの地面に座ったままでいた。 すると。 「あれー? 藤井センパイじゃないッスか」 「日比谷」 野球部所属のかわいい後輩だ。 あの葉月珪に憧れてるってのがちょーっとよくわかんないけど、 基本的には素直で明るくて単純でいい子だ。 服装はセンスあるとは思えないんだけど、 くりくりした目は結構かわいいんじゃないか、とアタシは思う。 磨けば光るダイヤの原石ってやつ? ……やば、アタシいま理事長とおんなじような事言ったかも。 「どうしたんスか?」 「足首ひねっちゃって痛くて立てないのよ。 花火も見れそうにないないし、もうサイアクー」 説明ついでにちょっと愚痴ったら、日比谷が急に真顔に戻った。 「? アタシ何か変な事言った?」 「もしかしたら逆にラッキーかもしれませんよ?」 「…………」 アタシは足首の方に視線を向ける。 今も足首が痛くて立ち上がれないというのに、 どこがラッキーなのだろうか。 実は恨まれているのだろうか。 じろっと睨んでやったが、日比谷は気付かないらしくそのまま続ける。 「さっき、友達からメールが来たんスけど、どうやら会場に 氷室先生が来てるらしいんスよ〜!」 「ヒムロッチが!? 何しによ」 「それは知りませんけど、とにかく来てるらしくって」 ヒムロッチに新たな挑戦を仕掛けたいのは山々だけど、 今こんな状態で舞い戻ったら鼻で笑われ馬鹿にされるのが落ちだろう。 「悔しいー……!」 ぎりぎりと歯軋りをしながら立ち上がる。……が、 まだ痛みが完全に治まってなくて歩きづらい。 「無理しちゃ駄目ッスよ、藤井センパイ」 本当に今日はサイアクの一日だ。 「だったらどうやって帰れって言うのよ。10分は歩かなきゃなんないのよ」 サイアクついでに八つ当たりしてしまう自分が情けない。 「じゃあ……ジブンがセンパイをおぶっていくッス」 「ばっ、バカなこと言わないでよ! 大体、そんな事して 誰かに見られて誤解されたらどうしてくれんのよ」 誤解された上に「おめでとうさん」なんて言われたらかなり辛い。 「そうッスよね……すみません」 日比谷がしゅんとした顔になる。 全身から「申し訳ないオーラ」が立ち上っているのが見えるようだ。 それでも、足首はずきずきと痛む。 アタシだって、そういう事を軽々しく頼めるほど鈍感じゃないつもりだ。けど。 「……悪いんだけど、頼まれてくれない?」 「お安い御用ッス!」 出来る限り足首をかばいながら日比谷の背中に乗る。 「重いでしょ? ごめんね」 春の身体検査の時、身長が同じくらいの友人達と比べてたら アタシが一番重かった記憶がある。 「全然平気ッスよ。軽いくらいッス」 社交辞令なのか鍛えてるからなのかはわからないけれど、 その言葉は素直に受け取っておく事にした。 「あまり人目につかない通りを行きますから。……遠回りになりますけど」 「うん。ありがと」 日比谷は本当にいいコだなあ、と思った。 そっと覗きこんだ横顔が今夜は凛々しく見える。 胸が早鐘を打ち始めたのでそれを誤魔化すように声をかけた。 「甲子園、頑張るんだよ。アタシ達も応援に行くんだからさ」 「ありがとうございます、頑張るッス〜!」 遠くに花火の音が聞こえてきて、夜空を見上げた。 「ここからじゃあまりよく見えませんね」 残念そうに日比谷は言ったけれど、 アタシにとってはここは充分特等席だった。 だから、笑って慰める代わりに頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。 GS関係で今一番見たいのがライバル女子関連なんですよ。 相手キャラとでもそれ以外とででも。 探し方が甘いのか主人公受けばかりで淋しい……。 BACK...TOP |