064:洗濯物日和 「華澄さん、何やってるの?」 「え?」 重そうな籠を持って合宿場のリビングを横切ろうとしていた華澄さんは、 俺の声に振り返ると花が咲いたように笑った。 最近、華澄さんの態度が優しくなったように感じられるのは気のせいだろうか。 「お洗濯よ。せっかくいいお天気なんだから、外に干そうと思って」 「じゃあ俺も手伝うよ」 そう言って、重い籠を華澄さんの腕から奪う。 「え、でもいいの? せっかくの自由時間でしょ?」 「いいって」 「じゃあ、お言葉に甘えて」 こうやって笑っている華澄さんを見ていると、 華澄さんが先生じゃなかったら良かったのに、とつくづく思う。 先生で吹奏楽部の顧問だったからこそ、こうやって 一緒に合宿に参加できたわけだけどやっぱり悔しい。 昔は、ただの近所のお姉ちゃんだったのに。 「それにしても、本当にいいお天気ね。洗濯物日和って感じ」 でも、きっと華澄さんは俺がそう思ってる事なんか気付いてないんだろう。 「この頃雨が多かったから不安だったわ」 「不安って?」 「花火大会とか、中止になったら嫌じゃない?」 「ああ、うん」 「海とかにも泳ぎに行きたいし」 「そうだね」 「ナイトパレードとかも、行きたいなあ」 そう言ってにっこりと意味ありげに笑う華澄さん。 ここで誘わずして、いつ誘えというのだろうか。 「か、華澄さん!」 「……あら?」 ふと歩みを止めた華澄さんの視線の先には、光の姿。 陸上部の仲間と楽しそうに笑いあっている。 「もういいわ。その籠ちょうだい」 そう言って華澄さんは俺の手から籠を取り上げた。 「え、だって……」 「あなたは光ちゃんと遊んできたら? 自由時間なんだし、ね」 遊んできたら、なんて小学生に言うセリフじゃないんだから。 なんて文句を言う暇もなく、華澄さんは歩き出していた。 「おーい、光ー!」 仕方なく、俺は光に声をかけた。 光と話をしていて知ったのだが、 陸上部では毎年恒例の肝試しがあるらしい。 「いいなあ、吹奏楽部は。ないんでしょ? 肝試し」 あった方が楽しそうだと思うけどなあ……。 とは思うが、光が大の幽霊嫌いなのは知っているので言わない。 「まあ、頑張れよ」 「頑張れないよ~……」 恨めしそうに光が俺の顔を見上げる。 「もし君が参加してくれたら、頑張れるんだけどなあ」 「えっ……」 唐突にそんな事を言われて言葉に詰まっていると、光は勢いよく立ち上がった。 「ううん、なんでもない! じゃ、私走ってくるから」 駆けていく後ろ姿。 元気で、明るくて、人懐こくて。光はとてもかわいくて魅力的だ。 「……なにも俺じゃなくてもいいじゃないか……」 誰もいないせいか、そんな呟きが洩れてしまった。 陸上部の仲間とか、去年同じクラスだったあいつとか、 光を好きな奴はもっと他にいるだろうに。 俺ではなく、そいつらを好きになればいいのに。 息をゆっくりと吐く。 華澄さんも似たような事を考えているのだろうか。 優しいから表情に出さないだけで、 俺と話しながら 心の奥底では俺ではない別の誰かのことを想っているのだろうか。 夏の陽射しがじりじりと、容赦なく俺の頭に降り注ぐ。 「……なんか、日に焼けたんじゃない?」 戻ってきた俺を見た華澄さんはちょっと驚いたような顔でそう言った。 「そうかも」 「そんなにずっと外で何してたの?」 もう夕方よ、と華澄さんは窓の外の夕焼け空を見る。 「考え事、かな」 「へえ……でも、考え込みすぎよ」 華澄さんの指が俺の頬に触れる。 意識がそこへ集中して、脳が固まってしまいそうだ。 「悩み事があるんだったら、私に相談してくれて構わないのよ?」 「うん……」 お姉さんのような顔をして華澄さんが俺に微笑む。 実際、引っ越す前までは俺と光は仲良くじゃれあう弟妹のようなもので 華澄さんは優しくて頼りになる「かすみおねーちゃん」だったわけだが。 しかし、今は違う。 華澄さんがどう思ってるかは知らないけれども。 頬に触れていた華澄さんの指が離れそうになったので、慌てて掴む。 「華澄さん」 「な、なに?」 軽く目を見開いた、驚いたような顔は俺の目線の下にある。 喉から言ってはいけない言葉が出そうになる。 大人の「かすみおねーちゃん」が困るような言葉が。 「…………」 黙ったままでいると、華澄さんが俺の手を握りなおした。 「随分暇そうじゃない? だったら、洗濯物取り込むの手伝ってもらいましょうか」 「……うん、わかった」 うなずく以外になかった。 そうでなかったら本当に言ってはいけないようなことを言ってしまいそうだった。 「それじゃ、籠とってくるから先に行ってて」 そうして、華澄さんの白い手がするりと離れる。 再び外に出ると、陸上部がまだ練習をしていた。 夏休み明けの練習試合にそなえているのだろう。 その中に光もいるはずだ。 人間の気持ちというのは、本当に残酷だ。 俺は光に気付かれないように、急いで物干し場へと向かった。 攻略が面倒でもいいです。華澄さん大好き。 幼年期の時のセーラー服姿とか萌えますね。 しかし合宿なのにこんなに自由時間多くていいのか……。 陸上部を見習え。 2003/12/6 BACK...TOP |