055:砂礫王国


誰もいない教室、一人残って細く息を吐く。
学校という場所が特に面白いと思った事はなかったが、
それでも今日は帰りがたい気分だった。
目を閉じると昨日の事のように思い出されるギャラクシアとの戦い。
あれ以来、私は変わったのだろう。
こんな風に一人教室に居残って感傷に浸るなんて以前なら考えられなかった。
私たちは来週になったら故郷の星へ帰る事になっている。
芸能界も学校も、もちろん辞める事になる。
そうしたら、何故だか一気に帰りがたい気分になった。
天候のせいもあるかもしれない。
窓の外では強い風が吹き荒れ、軽い砂嵐のようになっている。
砂嵐に閉じ込められてしまった、とくだらない事を思ってみた。
舞い散る砂や小石に守られた王国。
ロマンはあるかもしれない。
「大気さん?」
王国への侵入者が一人。
声のした方を見ると、
教室のドアの辺りで水野くんが遠慮がちに立っていた。
私の知り合いの中で最も夢やロマンなどという物を重要視する人間だ。
「どうかしましたか?」
この教室に用事でもあるのだろうか。例えば、忘れ物だとか。
「いえ……」
そう言いながらも動こうとしない。
教室に入らないのなら私が出向いて用事を聞いてやるべきだろうか。
そんな事を思って、窓から離れて水野くんの近くへ行く。
見下ろすと、彼女は珍しく動揺の色を瞳に浮かべた。
「……どうしたんですか」
ため息混じりにつぶやく私は、きっと穏やかな顔をしているのだろう。
仲間にしか向けないような顔だ。
以前は険しい顔をしてばかりしていたからそれとわかる。
ギャラクシアとの戦いが終わってからは、
以前のように険しい顔をあまりしなくなったせいか
同級生たちに話し掛けられる事が多くなった。
話し掛けやすくなったと感じられているのだろう。
しかし、水野くんはそういう風に感じないらしくうろうろと
視線を彷徨わせたままでいる。こちらがどんな表情だろうと
構わず自分の意見をぶつけてくる彼女にしては、珍しい。
「私に用事ですか?」
なんとなくそんな気がしたので訊いてみたら、正解だったらしい。
こくりと頷かれたので彼女が発言するまで待つ事にした。
今日くらいはそうしてもいいだろう。
視線を落として水野くんの手が落ち着きなく動くのを眺める。
いつもは部活動の生徒で賑わっている放課後の学校が
今日に限って静まり返っている。不気味なほどに。
水野くんの手が、セーラー服の裾を握り締めた。
「……大気さん」
やっと顔をあげた水野くんはなんだか思いつめたような表情をしていた。
「はい」
冷たく響かないように注意しながら返事をした。
そんな風に仲間以外の人間に気を遣うのは久しぶりな気がした。
「ずっと大気さんの事が好きでした。
ちゃんとこうやって話をする前から、ずっと」
もう他の子達が散々似たような事を言ってるんでしょうけど、
と付け加えて笑った水野くんはすでにいつもの水野くんに戻っていた。
「そうですね」
確かに他の子達が似たような事を言いにきたのは事実だったけれども、
だからと言ってくだらないなどとは思っていなかった。
むしろありがたいとさえ思っていた。
そういう風に変われたのはきっと水野くんのおかげでもあるのだろう。
「他の女の子達が同じ事を言っててもそうじゃなくっても、
あなたに伝えたかったんです。……それじゃあ」
言いたい事を言い終えてすっきりしたのか、水野くんは私に背を向けた。
その後姿に声をかけた。
「水野くん」
彼女とはもう二度と会う機会はないだろう。
だったら、言ってもいいと思った。
「私も、あなたの事は結構好きでしたよ」
それを聞いた水野くんは複雑そうな顔で笑って、去って行った。
砂礫の王国に再び静寂が訪れた。
先ほどまでよりも静まり返っているように感じるのは、
きっと気のせいではないだろう。





さすがにギャラクシア倒したら(倒したわけでもないか)すぐ帰還、
って事はないんじゃないかと思っております。
というわけで珍しく和やか(?)な大気亜美。


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