014:ビデオショップ おだんごが俺に、明日の夜誰もいないから泊まりに来ないか、と誘ってきた。 これは恋人同士として次のステップに進んでもいいって事だよな、おだんご! 「……嘘をつくのはおやめなさい」 上記の事を大気に伝えたらものすごく呆れたような冷たい目で睨まれた。 「大体あなたがたはクラスメートであって恋人ではないでしょう」 「なんだよー。もうちょっとその辺のノリを理解してくれよな」 「僕だって理解したくないよ」 そこに現れたのは夜天。 「それにそういう事は冗談でも女の子に言っちゃ駄目だよ。セクハラで訴えられるよ〜?」 このまえ法律番組にゲスト出演したせいか妙に嬉しそうにそんな事を言う。 こいつは俺が訴えられたらいいと思っているのだろうか。 せっかくウキウキしていた気分が音を立ててしぼんでいく。 「……まあ要するに、またボディガードに頼まれたんだよ」 「またぁ?」 「よく娘の事を置いていくご家族ですね」 「いやそれがさあ、おだんごのやつ、この前のテストで赤点だっただろ? 旅行よりは進級の方が大事だからな。それで勉強会も兼ねて泊まってくるってわけだ」 「でも星野、あなたも追試でしょう? 勉強は進むんですか?」 「だから一緒に勉強するんだよ! 大気も来いよ」 「……遠慮しておきます。あなたと月野さんを勉強机に向わせるのは難しそうですから」 全教科90点以上の余裕あふれる態度がなんだかとても妬ましい。 「じゃあ夜天」 「僕に勉強教わる気? よっぽどせっぱ詰まってるんだね」 バカにしたような半笑いの表情がなんだかとても腹立たしい。 「いいよもう、一人で泊まってくるからさ」 諦めてそう呟くと、大気はすごく真面目な顔になった。 「くれぐれもスキャンダルは気をつけてくださいよ」 「そうそう、やめてよね『人気アイドル、同級生の元で半同棲!?』とかさあ」 「だーいじょうぶだって」 何の根拠もないが、力強く言ってやった。 「ま、勉強もちゃんとやって帰ってくるからさ」 「勉強するのは当然の事でしょう?」 呆れたように呟かれたが、無視する事にした。 おだんごの家の前は独特の緊張感がある。舞台やカメラの前とは違う緊張感だ。 緊張感の中に、少しの期待。それは裏切られる事の方が多いが。 「おだーんごー」 ドアチャイムを押して呼び出す。10分待つ。 「ごめんごめん、お待たせー」 にこにこしながらおだんごが俺を招き入れる。 「ほらほら、早く」 家の中に入ると、ティーポットとケーキがテーブルの上に並んでいた。 苺のショートケーキをちび助が嬉々として食べている。 「はい、星野」 出されたケーキを食べている間に、おだんごが教科書を出してくる。 「さて、それじゃ何からやろうか。現代文? 数学?」 なぜかやたらと張り切っているが、その集中力が5分ともたないのを俺は知っている。 「おだんごの得意なヤツ」 「……いじわる」 そんな事を呟くおだんごがめちゃくちゃかわいい。 「でも数学なら亜美ちゃんにノート借りたし、きっと完璧よ!」 「そ、そうだな!」 しかし、俺が昨日大気から借りた古文、漢文のノートは まるで意味のわからない、宇宙語としか思えないような文の羅列にしか見えなかった。実際宇宙語ではあるだが。 水野のノートはどうなのだろうか、とおだんごの出したノートを覗き込む。 「全然意味わかんねえ……」 二次関数ってなんだ、サインコサインタンジェントってどこの国の呪文だ。 気がつけば、おだんごはベッドの上で漫画を読んでいる。 「こら、おだんご!」 「もーあたし勉強するのやだー!」 「俺だってやだよ!」 しばらくの間、勉強の事は忘れてそうやってじゃれあっていた。 「とりあえず今日はこれでいいや……」 ぐったりと床に寝転んで呟く。時計はもう七時を回っている。 「腹減ったな、おだんご」 「うん。カレーあるよ。あたしの分もあっためて持ってきて……」 「へーい」 反抗する気力もなかった。きっとおだんごも同じだろう。 俺は大人しく皿にご飯とカレーを盛り、レンジで温めた。 「スプーンは?」 「……あ」 今度はおだんごが台所へ向かう。 「それじゃ、今度こそいただきまーす」 カレーはとても美味しかった。 「おだんごの母さん、料理上手いなー」 「そうでしょー」 誇らしげにおだんごが言う。しかしなぜか俺の皿にはやたら人参が多い。 それに対して、おだんごの皿には人参がない。 「おだんご。好き嫌いしてると大きくなれないぜ?」 「……。どうせもう成長期終わったもん!」 「そういう問題なのかよ?」 うさぎ、という名前の癖に人参が嫌いだなんて困ったやつだ。 そのままカレーを食べていると、 既に食べ終わって暇になったらしいちび助がしゃがみこんでなにやらごそごそやっている。 「何やってるんだ?」 「ちびちび!」 得意げな顔をして振り返ったちび助の手には電話の受話器が。 「あー、ちびちび! それおもちゃじゃないんだからいたずらしちゃ駄目でしょ!」 「やー!」 おだんごから逃げようとした拍子に、どこかのボタンが押されてしまったのか受話器から話し声が聞こえてくる。 『……はい、地場です。ただいま留守にしております。……』 地場って誰だ?と思った一瞬後、おだんごの顔を見て理解した。 落ち着いた低い声に、俺のようなガキくささは微塵も感じない。 「……もう、ちびちびはしょうがないなあ」 おだんごが受話器を置く。 当然、受話器からの音声も聞こえなくなり、部屋は静まり返る。 暗い雰囲気なままなのが嫌で、なにか話題を作って話し掛けようと思うのにこういう時に限って話題が浮かばない。 逆に、今の声の主について色々聞きたくなってしょうがない。そんな事聞いたっておだんごが辛くなるだけなのはわかってて、聞きたくなるんだ。 こんな息苦しい状態を打破するために、外に出て冷たい空気を吸おうと思った。 できるだけ明るいトーンを心がけて口を開く。 「ビデオでも借りに行こうぜ、おだんご」 夜のレンタルビデオショップは閑散としているかと思ったが、 意外に客がちらほらといた。 若い男女のカップル、仕事帰りのような中年男性など客層は様々だが。 「お、おだんご。これなんかどうだ? 大気が熱血教師の役で出てるんだぜー」 そう言って目の前の棚にあったビデオケースを手に取る。 これは一度見た事があるがそれほど悪くはなかった。 「えー、こっちの夜天くんが出てるドラマにしようよ。すっごい切なくて泣ける話だったって学校でも評判だったんだから」 そんなのを見てなにが楽しいだろうか。 しかもそのドラマの撮影期間中、夜天は相手の女優の化粧が濃くてどうだとか あのスタッフがキライだとか色々文句を言っていたのを聞いているのだ。 そんな俺には切ないラブストーリーに浸れそうにもない。 そもそも夜天が大真面目に恋愛してる姿なんて、ちょっと見ただけでふきだしてしまいそうだ。 「ちびちび!」 ちび助の手には、チョーコマンダーのビデオが。この前俺たちが山の中まで行ってきて撮影してきたあれだ。 「えー、それー?」 不満げな声を洩らすおだんご。俺も高校生にもなって変身ヒーロー物を見るのはちょっと勘弁したい。 「ちびちび〜……」 途端、涙目になるちび助。 「わかったわかった! じゃあ、まずこれな」 そう言って、ちび助の手からビデオを取り上げ、籠の中に入れる。 そしてついでにおだんごの持ってたビデオも一緒に籠に入れる。 「えっ……大気さんの熱血教師物は? いいの?」 「いいよ、どうせ一度見たし」 そしてレジへ向かう。 「ちょ、ちょっと待ってよ星野」 慌てた様子のおだんごに腕を引っ張られる。 「ん? 他にもなんか借りるか?」 「そうじゃなくって! お会計はあたしがするからいいよ」 おだんごが俺の腕の籠をひったくろうとするのを軽くかわす。 「いいよそれくらい。会員証だって持ってるし」 「でも悪いよそんなの。それにビデオだってあたしたちの見たいやつだし」 「いいからいいから。どうせ今日は半額だしさ」 天井から吊り下げられている『本日半額!!』と書かれた布を指差す。 「でも……」 「なんだよおだんごー。遠慮すんなよ。俺とお前の仲だろ?」 そう言うとおだんごが露骨に呆れた目をしたので俺は深く傷つく。 「なんだよおだんご……」 俺をボディガードに呼んでくれたのは「まもちゃん」までとはいかないまでも 少しは特別に思ってくれてるんだろうか、なんてバカな俺はちょっと期待してしまっていたのに。 レンタルビデオ代を払ったからって特別ってことにはならないだろうが、 なんとなくおだんご(とちび助)と俺との間に壁があるように感じるのだ。 おだんごに彼氏がいる以上仕方のない壁なのだが。 「だって、悪いじゃない。ボディガードに来てもらって そのうえビデオ代まで払ってもらっちゃうなんて」 おだんごが唇を尖らす。 「だったらこの次の機会に払ってもらうからいいよ。今回は俺に払わせろよ」 次回があるのかどうかは不明だったが、おだんごはすんなりと納得した。 「それなら……いいけど」 これはちょっと期待してもいいって事か? 外から見た場合、俺達は子連れ夫婦に見えないだろうか。 眠ってしまったちび助を背負った帰り道、ショーウィンドウに映った姿に一人ほくそえむ。 「なーによ星野、ニタニタしちゃって」 「んー? なんでもないぜー」 口元が緩むのを抑えられない。 でもまあ、これはこれで幸せそうな家族って風にも見えるよな! おだんごも俺の姿に呆れてはいるが、ほぼ普段通りの調子に見える。 「さて、帰ったら勉強の続きでもするかー」 「ええっ!?」 本当に嫌そうにおだんごがリアクションするので、つい大笑いしてしまう。 「うそうそ、冗談」 「なんだ……」 ほっと胸をなでおろすおだんご。 「あのさ、星野」 「ん?」 「今日はどうもありがとう」 「おだんごのためなら例え火の中水の中、ってな」 「えー」 嫌そうにではなく、といった調子でおだんごが言う。 「星野にそんな事言われてもねー」 そんな軽口でさえとても嬉しい。 「でも、星野が来てくれてよかった。ちびちびと2人っきりだったらどうしても寂しかったから……」 俺と付き合ったらそんな思いはさせないようにしたいのに。 でも、少なくとも今夜だけはおだんごに寂しい思いをさせないようにする事が出来る。 せめて今だけでも俺がおだんごを守るんだ。 「よし、じゃあ早く家に帰ってビデオでも見るか!」 「うん!」 街灯に照らされたおだんごの笑顔がとてもまぶしかった。 / --------------------------------- + * + --------------------------------- /
しかしうさぎの家族は留守中に男を泊めたと知ったらどう反応するんだろう、 とか思わずにいられません。 BACK...TOP |