006:ポラロイドカメラ カシャリカシャリと、昼過ぎの中庭に響くシャッターの音。 嬉しそうな女生徒と、困惑している男子生徒が各一名。 「はーい、星野くん笑って笑ってー!」 「こうか?」 さすがにアイドル業をやっているだけあって、星野くんは堂々と笑ってみせる。 昼休みという限られた時間の中で写真撮影をしているあたしとしては ありがたい事この上ない。 そんなに何回も何回も写真取らせてもらってたら、 取引のネタがなくなっちゃうしね。 「あ、いまの表情いいわ! もう一枚!」 「愛野〜……」 げんなりした顔もたまらなくステキなんだけど、 これ以上撮るとさすがにこれからがやり辛くなりそうだったので 構えていたカメラを下ろした。 星野くんが露骨にほっとした顔をする。 「ステキ……」 「だからもうカメラ向けるなって!」 無意識の内にカメラを構えていたらしい。さすがだわ、あたし。 「そ、それよりさ……」 急にそわそわしだす星野くん。 ここであたしがとぼけたらどんな反応するのかしら、 なんて事を思いつつ制服のポケットから写真の束を取り出した。 これが取引のネタ。 星野くんの大大大好きなうさぎちゃんの写真だ。 たまには違う内容だったりする事もあるけど、これが一番多い。 「本日のラインナップはこんなもんですがいかがでしょう?」 なんだか怪しい露天商の気分だわ。 ちなみに、今日の写真の内容は水着姿のうさぎちゃん。 中学生の時にみんなで海に行った時の物で、 どことなく表情が幼いのがポイントだ。 「…………」 星野くんは無言だったが充分満足しているのはその表情から見て取れた。 「なんだよ、ニヤニヤして」 気持ちワリイなあ、と星野くんはぼやくが、 写真を見て嬉しそうにする男子高校生、なんてものも あまり見目いいものではないと思う。 それなのに許されてしまうのはやはり星野くんだからこそだろう。 「なんでもないわよー」 そう呟いてごまかす。 そろそろお昼休みも終わりに近付いてきたのだ。午後から仕事だからと 先生に早退届を出し終えてしまった人と一緒にいたら こっちまでつられてしまう。 「じゃあね、星野くん。お仕事頑張ってねー」 手を振ると、向こうもそれに応えてくれた。笑顔のオマケ付きで。 星野くんのそういう所、大好き。 「美奈ぁ〜……」 「なによ、アルテミス。欲しいの?」 あたしのベッドの上からアルテミスが物言いたげな視線を向けてくるので 扇状に広げたスリーライツ写真のコレクションをひらひらと動かしてみせた。 星野くんのおかげで、ここ数日でおもしろい程にたまっていった。 感謝すべきはモテモテの友人とパパのポラロイドカメラよね。 「いらないよ!」 「怒鳴らなくってもいいじゃない」 肩をすくめて、写真の束に傷がつかないように注意しながら大事にしまった。 「僕が言いたいのは、うさぎの写真の事だよ」 良心が痛まないのかい? とアルテミスはお説教を始める。 うさぎの知らない所で勝手に水着写真を横流しして、と。 「そりゃ、悪いとは思うけど……」 でも、星野くんの喜ぶ顔が見たいんだもん。 「美奈」 アルテミスがなだめるようにあたしに声をかける。 「美奈は別に星野の事が好きなわけじゃないんだろう?」 星野くんの事が好きなわけじゃないどころか。 「……好きな人自体いないのよ、あたしには」 アルテミスはどこかへ行ってしまった。一人にしてくれているのかもしれない。 誰もいなくなった部屋に、あたしはごろりと転がった。 アランとの事が尾を引いてるわけじゃないけど、 特に「いいな」と思える人が現れなかっただけの事だ。 否、「いいな」と思える相手は現れていた。 ずっと前から。 だが、彼には結ばれる運命にある相手がいるのだ。 本棚から重いアルバムを取り出して適当な所を開く。 このアルバムにはあたしがセーラーVとして 覚醒してからの写真しか貼っていない。 学校の友達なんかとの写真はすべて別にしてある。 だから、今あたしが眺めているページには うさぎちゃん達と写っている写真ばかりだ。 これより前のページにはアルテミスとの写真が多く貼られている。 もちろん、猫の姿のものばかりで人間の姿のものは一枚もない。 アルテミスが人間の姿になった時なんて、 とても写真なんて撮ってる余裕なかったから。 しかたがないので、代わりに猫の姿の写真を何枚もとった。 気分は晴れなかった。 それどころか、逆にポラロイドカメラから出てくる 写真の枚数に比例するようにあたしの心は重くなっていった。 猫と人間の恋なんて、その上相手には妻と娘付きだなんて 史上最高にありえない恋だ。 星野くんの事は別に好きでも何でもないけど、 ありえない、叶いようのない恋をしているという点では共感を覚える。 ……まあ、星野くんはうさぎちゃんが月のプリンセスだなんて事 全然知らないんだろうけど。 「……あーあ」 ため息交じりの声を出して、開きっぱなしだったアルバムを閉じて 元通りに本棚に閉まった。 ありえなくても叶いようがなくても、 あたしはアルテミスを迎えに行きたいのだ。 ちょっとだけ鏡を覗いて、乱れた髪の毛を整えて。 そしてあたしは部屋を後にした。 セーラーVがパソコン周りに置いてあるので読む回数が最近多いのですが そのせいで最近美奈子ちゃんの好感度アップ。 アル美奈ついでに前々から思っていた 星野との裏取引もちょっと書いてみました。 BACK...TOP |